夢の館
なぜ、Jはここまで知り得ているのか、疑念が浮かぶ。
「まさか貴方はマダム・ヴィーの愛人なのでは?」
「あははは、まさか。私がマダム・ヴィーの愛人? とんでもない、彼女と付き合えるのは悪魔だけさ」
口元は戯けたように笑っているが、マスクの奥にある瞳は冷たい視線を放っていた。
記憶を失ってから、信じるべきことがなにかわからない。言葉など、嘘をつくのはたやすい。
そう言えば、何もない可能性もあるが、あのことも聞いておこう。
「この屋敷の地下にはなにがあるか知っていますか?」
「さて……なにがあるんだろうね。見てはいけない?モノ?があるのかもしれないよ、ふふふっ」
その口ぶりは何か知っているのかもしれない。やはり、Jはこの屋敷の内部事情に精通しているらしい。
急にJが熱っぽい視線をAに向けた。
「さて、ボクはいろいろ話したよ。今度はキミの番だよ、ボクはキミのことをもっとよく知りたいな」
忍び寄ってきたJの手が、Aの手に軽く触れた。
異様な雰囲気がした。
Jの顔がすぐ目と鼻の先まで近づいてくる。
驚いたAは席を立った。
そして、自分を見つめる視線がJだけでないことに気付いた。
いつの間にか柱の陰に立っていた二号の姿。まさか、監視されているのか。
さらに、もう一人。
車椅子に乗って現れたルージュの貴婦人――マダム・ヴィー。
まるで何かを思い出したように、「そろそろ僕は部屋に戻ります。それでは……マダム・ヴィーも失礼します」Aは逃げるようにこの場を後にした。
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)