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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夢の館

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 今まで気配などしなかったのに、にも関わらず振り返るとフェイスマスクの召使いが立っていた。この召使いの声と背格好には覚えがある。おそらく二号だ。
「友人のGが体調を崩して、心配だから彼の部屋に様子を見に行こうと思ったのだけれど、どこに部屋があるのかわからなくて困っていたところなんだ」
 不自然な理由ではない。だが、AはあわよくばGの酔いを覚まして、自分のことなどいろいろな話をするつもりであった。
 この二号には記憶を失っていることを不意に打ち明けてしまったが、今考えると軽はずみな行為だったことは否めない。疑念――もはや疑惑ともいうべき、置かれている環境を考えると、こちらも不審な行動は悟られたくはない。すでに記憶を失っている話は、二号からマダム・ヴィーに伝わっているとも考えられるが、念を押した行動を続けるべきであろう。
 二号はAの前を歩き出した。
「G様のお部屋はこちらでございます。ご案内いたします」
「それはありがたい」
 Gの部屋は一階にあった。二階にあるAの部屋とは真逆の位置ともいうべき場所。
 扉の前に立ったAはノックをした。
 しばらく様子を見て待ったが返事はない。だいぶ酔っていたようなので、この程度では気付かないのかもしれない。
「おい、いないのか!」少し声を張り上げ、そのままドアノブに手を掛けた。だが、開かない。鍵が掛っているのだ。
 そこで二号が、「もうお休みになられたのでしょう」
「たしかに……だいぶ酔っていたみたいだから、横になってすぐに寝てしまったのだろう」
 焦ってはいけない。どうせ酔った状況ではまともな話もできなかっただろう。明日まで待とう。
「僕はこれから屋敷を少し見て回ろうと思う。ここまでありがとう、もう一人で大丈夫だから」
「ご案内しなくても宜しいのでしょうか?」
「いや、結構。少し見て回るだけだから、自分の部屋の場所もわかっている」
「そうでございますか。一つだけご忠告がございます。地下は古くなっていて、普段から使われておりません故、危のうございますから無闇に近づかぬようお願いいたします」
「ああ、気をつけるよ」
 勘ぐってしまうのは致し方ないことだろう。そう、地下のことだ。考え過ぎかもしれないし、もしも何かあるとしても、どちらにせよ無闇に近づくことは好ましくない。
 Aは二号に別れを告げ、赴くままに歩きはじめた。
 まだ夕食は続いているのだろうか。それならば、マダム・ヴィーと会話をするのもよいだろう。
 食堂に向かう途中、サロンの横を通りかかると、猫脚椅子に座りながら優雅にティーカップを持つJの姿が見受けられた。
 向こうもAに気付いたらしく、「どこに行くんだい?」と尋ねてきた。
「食堂にはまだマダム・ヴィーはいらっしゃいますか?」
「いや、もう彼女はいないよ。一度彼女を見失うと、どこでなにをしているのか、屋敷の中を探すのは大変だろうね。まあ彼女に用事があったのかもしれないが、あきらめてボクと少し会話でもどうかな?」
「たいした用事はなかったので……」そう言いながら、AはJの近くの椅子に腰掛けた。
 Jはテーブルに置いてあった空のティーカップに紅茶を注ぎはじめた。
「紅茶でよいかな?」
「はい」
「そう固くならずに、気軽に接してくれて構わないよ」Jは紅茶をAの前に置きながら、口元に微笑みを浮かべた。
 しかし……。
 Jを見つめるAの視線。
「ボクの顔になにか?」
 尋ねられてAは首を横に振った。「いえ、別になにも……」
 マスクに浮かぶJの瞳。はじめて会ったときには気付かなかったが、まるで何かを射貫くような鋭い眼。口元に笑みを浮かべ、柔和な雰囲気を醸し出しているが、眼のずっと奥にある?何か?が、?違う?と物語っている。
 果たしてこの男は何者なのか。
 何をしゃべろうかとAが悩んでいると、先にJが話を切り出した。
「この屋敷には多種多様な職や地位に就いている者が集まってくるのだけれど、君は普段なにをしているのかな?」
「それは……」
 記憶にないことは答えられず、口ごもってしまった。
「すまない、この屋敷であれこれ人のことを詮索するのは御法度だったね。しかし、少しくらい決め事を破ったところで、別に構いはしないだろう。そうだね、ボクのことを話そうか」
 Jのしゃべり口は実の饒舌であった。
 自分のことに答えたくないこと、Aの場合は記憶にないからなのだが、そういう場合は決め事を盾にすれば回避できそうだ。
 紅茶で喉を潤してからJは話を続けた。
「この屋敷に来る客人たちの中にはいけ好かない貴族たちも多いが、ボクは元々貴族の出身ではなくて、いわゆる成り上がりで財を築かせてもらった。主に貿易関係の仕事をしているのだけど、土地の売買などもやっていてね。会社のほうはボクがいなくても軌道に乗っていて、このように悠々自適に過ごして居るんだ」
「この屋敷にはよく?」
「そうだね、一年のほとんどをここで過ごしているんじゃないかな」
 ならば、おそらくこの屋敷のことについて精通しているはず。マダム・ヴィーともかなり親しい間柄の可能性もある。
 次のAからの質問はすでに決まっていた。
「マダム・ヴィーとの付き合いも長いのですか?」
「いやいや、まだ三年ほどかな。ボクが知る限りでは、SやM女史のほうがマダムとの付き合いは長いだろう。なにせボクがこの屋敷を訪れるようになったころには、すでに屋敷に住んでいたみたいだからね」
 滞在しているのではなくて、住んでいる。ただの客人ではないのかもしれない。
 Sはすでに会ったが、Mについてはまったくと言って情報がない。
「まだMとはお会いしてないのですが、どのような方で?」
「あまり自分のことを語りたからず、人と関わることも好きでないらしい。ボクもあまりしゃべったことがないね。本人に会って見るのがよいよ」
「そうですか」
 機会が会ったら話をしてみよう。
 今は周辺の人間たちよりも、この屋敷の主を先に知る必用があるかもしれない。
「マダム・ヴィーについて詳しく知りたいのですが? このような屋敷に住み、いったい何者なのだろうかと」
「ふふっ」Jは少し笑った。「この屋敷ではあまり人のことを詮索するべきではないよ。とは言うものの、ボクはそういうのが嫌いじゃない。ここだけの話だよ」と言って、Jは唇の前で人差し指を立てた。
 Aは息を呑んで深く頷いた。
 するとJは今まで以上に饒舌に語り出した。
「マダム・ヴィーというのはもちろん偽名、召使いたちにはお館様と呼ばれているのは知っているかな?」
「ええ」
「まるでこの館の主であるがごとく振る舞い、客人たちもそう思っているだろう。しかしね、実際のところを言うと、彼女はただのマダムに過ぎない。この一帯を治める領主の夫が存在していて、その者こそが正当なこの屋敷の主であり、絶対権力者なのだよ。ボクは領主Xと呼んでいるが、そのベールは謎に包まれている……マダム・ヴィーの素顔のようにね」
「主が別にいる……」
「しかし、領主Xについてはあまり口に出さない方がよいだろう、特にマダム・ヴィーの前では」
「どうして?」
「理由はわからないが、領主Xの存在自体を隠蔽したいらしいことは間違いないね」
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)