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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夢の館

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「クッ……僕が貴女に何をした!」
「きゃはははっ、この屋敷から逃げようなんて思わないことね!」
「逃げる……僕はそんなこと……」
「ヴィーが何を考えてるか知らないけど、アタシがアンタを醜い奴隷にしてやるよ!」
 Aは逃げようと手を動かすが、縄が手首を余計に締め付けるだけだ。
「なんで僕がお前の奴隷なんかに!」
「気に食わないからに決まってんだろ。アンタの目的なんて疾うにお見通しなんだよ!」
「目的?」
「惚けてんじゃないよ!」
 まったく惚けているつもりはなかったが、Aは鎌を掛けるために相手を挑発することにした。
「お見通しなら言ってみろ!」
「Gと同じでこそこそ調べてんだろ、この屋敷のことを!」
「Gと同じ?」
 その言葉は呑み込むべきであったが、思わず出てしまった。これ以上鎌を掛けられなくなる。
 一瞬動きを止めたSだったが、急に笑い出した。「きゃははは、やっぱりアンタもGと同じで記憶を消されてるようだね。だからって目障りなことには変わりないよ。奴隷になるか死ぬかどっちか選びな!」
「どっちも嫌だ!」
 もしかして……という考えがAの脳裏を過ぎった。
「もしかしてGの死にお前が関係してるのか!」
「だったらどうする?」
「目障りだって理由……いや、Gを殺した根本の理由はなんだ!」
「知りたきゃ自分で思い出すんだね!」
 Sの足がAの股間を蹴り上げた。
 痛みを耐えながらAは思考を廻らす。
 いったいGは何を調べていたというのか。それによってGは殺されたのか。そしてGを殺したのは果たしてSなのか。
 再びSに股間を蹴り上げられ、Aは叫びそうになるのを堪えた。今はこの状況を打開しなくてはならない。いろいろと思考を巡らすのはその後だ。
「奴隷になると言ったらこの縄を解いてくれるのか?」
「奴隷に自由なんてあるわきゃないだろ!」
 それならば死んだ方が自由があるかもしれない。それでも今はまだ死ぬわけにはいかない。奴隷に甘んじていれば、いつか機会が巡って来るかも知れない。さすがにこのままずっと縛られたままということもあるまい。
 Aはわざと怯えたような表情をして、「奴隷になる……だから、殺さないでくれ」震えた声を出した。
「いいわ、そうだよ、身も心もアタシに捧げるんだよ」
 満足そうなSの淫らな唇。
 その時だった。
 部屋に飛び込んで来た謎の影。
 驚くSにJが飛び掛かった。
 揉み合いになりながら二人は床を転がり、先に立ち上がったSが近くにあった花瓶を手に取った。
「死ねーッ!」
 叫びながらSは花瓶でJの顔面を強打しようとした。
 空かさずJは両腕で顔面を防御して、割れた陶器の破片を浴びながら、肘でSの顔面を強打した。
 均衡を崩して横転したSにJは馬乗りになり、懐から注射器を取り出してそれをSの脇腹に射した。
「紳士として女性を殴る羽目になるとはね」
「ぶっ殺してやる!」
 Sは叫びながらJの躰を突き飛ばし、さらには狂気に駆られて倒れたJの臑に噛み付いた。だが、Sはマスクの下で眼を丸くした。
 Jの口元が笑みを浮かべる。
「噛みたければ好きなだけ噛むといいさ、義足でいいならね」
 やがてSは大人しくなり、瞬きが緩やかになると気を失った。
 服の埃を払いながら立ち上がるJ。その身の熟しは義足とは思えない。
「お互い酷い目に遭ったね」
 Jはベッドに上がり、Aの躰を跨いで乗った。そして、露わになっているAの肌を指でなぞる。
「そそる躰だ。ちょうどいい、キミが動けないうちに……なんてね、冗談さ」笑ったJはAの縄を解きはじめた。「ボクにそんな趣味はない」
 そんな趣味はない?
 今まで演技だったというのか?
 助けられたAは、腑に落ちないことがいくつもあった。
「どうして僕を助けた?」
「どう見ても助けなくては危うい状況だっただろう。しかし、これで今まで石橋を叩いて渡って来た僕の行動にも支障を来してしまった。時間稼ぎをするべきだろうね」
「貴方の目的はなんなんだ?」
「さて、なんだろうね」
 Jは黙々とSの躰を縛り上げた。手足を縛られたSは、目を覚ましても動くことはできないだろう。
 そして、JはSのマスクに手を掛けようとしていた。
「一つ、前々から確かめたいことがあった」
 そう言ってJは一気にマスクを剥ぎ取った。
 Aは驚愕した。
 そこにあったSの素顔はMと瓜二つ。双子か、それとも同一人物なのか。
 急にAを襲う激しい頭痛。
 目眩で世界が歪む。
 倒れそうになったAをJが抱きかかえた。
「大丈夫かい?」
 その声もまるで遠くから聞こえるようだ。
 このままでは気を失ってしまう。
 割れるように痛い頭で働かない思考をAは無理に廻らせた。
 この頭痛と目眩には何か理由がありそうな気がした。
 切っ掛けはおそらくSの素顔。
 悪夢の中で見た女――母とおぼしき者と同じ顔。
「まさか……そんな……どうして……」
 虚ろな瞳でAは呟いた。その全身からは汗が噴き出している。
 記憶は未だ戻らない。それは母なのか、それすらもわからない。ただ、思い出そうとすればするほど、頭痛と目眩が酷くなる。
 さらには嘔吐までしそうになりながら、Aは全てを堪えてSから距離を置くべく隣の部屋に移動した。
 Aがソファに腰掛けると、すぐにJが後を追って来た。
「どうしたのだい急に?」
「……わからない」
 どうにか意識を失わずに済み、徐々に体調も安定してきたが、まだ少し動悸がする。
「キミの看病をしてあげたところだけれど、事が急になってしまったものでね。次の行動に移らなくてはならない」言いながらJは手を差し出したが、それは手を貸すという意味ではなかった。「鍵を返してくれたまえ」
「地下に行くのか?」
「そういうことになるね。できれば避けて通りたい道だったけど、キミが調べてくれるのを待っても居られない」
「もしかして貴方は地下に降りたことがないのか? 僕に調べさせていたというか!」
「そういうことになるね。しかし、いつかは行くつもりではあったよ」
 やはりAはJの駒だったようだ。今まで良いように動かされてきた。
 Aは怒りを覚えつつも、重要なのはそこではない。
「貴方の目的はなんなんだ!」
 それこそが最大の疑問。
 Sの言葉によればGも何かを調べていたのだという。Aもいろいろと調べてきたが、その動機は記憶を取り戻すためである。GとJにはどのような理由があるというのか。
「鍵は渡さない」断固とする態度で言い切った。
 Jはほくそ笑む。「ならば一緒に来るといいよ。キミも興味があるだろう?」
 あの場所でAが見たものは無残な光景。だが、Mはほかに何かがあることを示唆していた。果たして行く価値のあるものなのだろうか。
 さらにJは畳み掛ける。「噂によると奴隷達を搬入する隠し通路もあり、そこは外に繋がっているらしいよ」
「本当に外へ出られるのか?」
「さて、それはわからないね。ボクが知っているのは情報でしかないから、真実とは限らない。確かめたいのなら、キミは自ら地下に行かなくてはならないよ」
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)