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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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夢の館

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第十節 仮面の女


 廊下を歩くAはSの部屋を通り過ぎ、Mの部屋の前に立った。
 扉を軽く叩く。
 思いの外早く扉が開き、蒼いベールのMが顔を覗かせた。
「どうぞ、早く中へお入りなさい」
 その言葉にAは躊躇せずにはいられなかった。前回の訪問時、おそらくMは何らかの工作をして、Aはマダム・ヴィーへ引き渡される結果となった。信用ならぬ相手の部屋に容易に入ることは愚の骨頂。
 しかし、進まねばらない。
 部屋に入ったAは前と同じ席に通された。そして、またもや出された紅茶。さすがにAは手をつけなかった。
「また僕に薬を飲ませる気ですか?」棘のある強い口調でAはMを攻めた。
「いいえ、今日は何も」その言葉は薬を入れたことを認めることだった。「部屋に入る時に誰にも見られておりませんから」
 Aは少し眼を丸くした。「前は誰かに見られていたというのですか?」
「ええ」とMは短く。
 やはり見張られているのだとAは確信した。軽率な行動は慎むべきだが、すでに遅いかもしれない。
 Aは少し迷いながらティーカップの持ち手を掴んだ。そのまま動きを止める。
 その姿を見たMは、「わたくしをあまり信用なさいませんように」
 相手の心を揺さぶるような言葉。何を信じるべきか、その決断を揺るがすものだ。
 深く呼吸をしてAはマスクの奥の瞳でMを強く見据えた。
「貴女は誰の味方なのですか?」
「誰の味方でもありませんわ。ただ誰の敵でもないだけ」
「しかし、僕に薬を飲ませマダム・ヴィーに引き渡したのは貴女でしょう?」
「それがわたくしのためであり、貴方のためであり、マダム・ヴィーのためであったからですのよ」
 この屋敷の中で、目的がようと知れる者は誰一人とていない。誰の行動も不可解であり、謎を孕んでいる。彼らの台詞はまるで謎かけのようだ。
 Aは懐からあの鍵を取り出して見せた。
「これがなんだかわかりますか?」
 Mが答えるまでには少しの間があった。
「どこでその鍵を?」
 その物言いはどこの鍵であるか知っている。
「Jから譲り受けました」
 その名前を出すことは賭であった。もしもMがJへ鍵を渡した本人でない場合や、敵であった場合は、その名前を出すことによってJの立場を危うくする。さらにJだけではなく、Aにまで波紋が及ぶ可能性は大いにある。
「もうお使いになりましたか?」
「地下でマダム・ヴィーが少年を痛めつけている無残な光景を見ました」
「ほかには何か?」
 探るように訊いてくるM。
 正直にAは答えた。「なにも」
「そうですか……ならその鍵はわたくしがお預かりしますわ」
「なぜ? これは貴女の物なのですか、貴女がJに渡した物なのですか?」
「ええ、訳あってわたくしがJに託しましたが、貴方には必要のない物」
 言葉だけでは本当にMがJに鍵を渡したのかわからない。
 Aは鍵を懐にしまった。
「残念ながら僕は貴女を信用できない。鍵を欲しいのならJを通してください」
 それ以上Mは無理強いなどをすることはなかった。
 鍵はしまわれたが、まだ鍵の疑問が全て解決されたわけではなく、Mから訊けることはまだありそうだ。
「もしも本当に貴女がJに鍵を渡したのなら、その理由はなんですか?」
「それはJにお聞きくださいませ」
「では地下には僕がまだ見ぬ何があるというのですか?」
「……深入りする前に早く屋敷から逃げた方が良いでしょう」
「前も貴女は逃げろと言いつつ、僕に薬を飲ませたではありませんか」
「逃げることを忠告することと、わたくしがマダム・ヴィーの敵ではないと言うことは別の話ですわよ。貴方に一刻も早く屋敷から逃げて欲しいと思っているのは本心」
 言葉と行動、どちらを信じるべきだろうか。
 しかし、AはなぜかMが敵であると思えなかった。なぜだろう、Mの醸し出す物静かで、穏やかな雰囲気がそう思わせるのか。
 今まで成された会話は、もしもMが敵であった場合、Aの立場を危うくするものだろう。
 そして、ここまで話を進めた以上は引き返すことも出来ない。
「そんなに逃げろと言うのなら、その方法を教えてくれませんか?」
「それは……わかりません」
「無責任な。方法もなく行動をすれば、危険に身を投げるのと同じではありませんか」
「けれど、この屋敷にいれば大きな災いに見舞われるかも知れませんわ」
「いったい何が起こるというのですか!」
 声を張り上げたAの脳裏に浮かんだのはマダム・ヴィーの狂気。
 地下で行われていることをAは見た。
 だが、マダム・ヴィーがAに何をした?
 可能性を除けば、マダム・ヴィーがAにしたことは、客人への持て成し。良い部屋を与えられ、服や食事の面倒まで看てくれている。事故に遭ったAを助けたことにもなっている。そこに可笑しい決め事を強いている。
 一見してAは良い待遇を受けているが、それでもなぜか付き纏う不安。
 もしかしたら、屋敷を出たいと申し出ればすんなりと事が運ぶかも知れない。そんな期待を裏切るのは、Gの死、Jの行動、Mの言葉。
 しかし、マダム・ヴィーに直接なにかをされた覚えがAにはない。
 何もかも妄想に駆られているだけではないか。もしくは全てはただの悪い夢。
 急にAを目眩が襲った。
「また……薬……いつの間に!」
 椅子から転げ落ちながらAはティーカップを倒した。
 慌ててMはAを抱きかかえる。
「大丈夫っ!?」
 躰が揺さぶられる。
 Aの視界に映る蒼い残像。
「しっかりなさい。わたくしは何もしておりませんわ!」
「嘘だ……」
「嘘では……せんわ……おそらく……マダム・ヴィーが……」
 すでにMの声は途切れ途切れでしか聞こえなかった。
 Aは遠のく意識に逆らいながら、手を伸ばしMのベールを剥ぎ取った。
 ぼやけていた視界が一瞬だけ晴れた。
 女の顔。
 哀しい眼をする女の顔。
 そこにあったのは――悪夢に出てきたあの女の顔だった。

 視界を覆う闇は、呼吸すらも蝕んだ。
 眼を見開いたAが見たものは自分の上に馬乗りになるSの姿。Sが両手でAの首を絞めている。驚きつつもAは逃げようとするも、躰は縄で拘束されてベッドに縛り付けられていた。
 じわじわとSの手に力がこもる。少しずつ締め上げられていく首。Aの口から漏れる声にならない濁音。
 急にSの手からふっと力が抜けた。途端にAは激しく咳き込んだ。それを見下しながら嗤うSの唇。
「きゃはははは!」
「……げほっ……うう……どうして……」
 声は嗄れ、混乱するAの頭。
 またMに謀られたのか?
 Sはベッドの上に立ち、網タイツを穿いたつま先をAの腹からシャツの中へ忍ばせた。そして、蹴り上げるようにして、シャツのボタンを飛ばし、Aの素肌を露わにさせた。
「貧弱そうな躰ね!」そう言いながらSは激しくAの胸板を踏みつけた。
「ウゲッ!」
 呼吸が一瞬止まり、悶えたくなるほどの痛みが奔るが、躰は拘束されて動かない。
 Aは咳き込みながらSを睨み付けた。
「どうして……こんなことを!」
「どうして? 楽しいからに決まってるじゃない!」Sはつま先で絵を描くようにAの胸に這わせ、さらに下腹部でなぞるように動かした。「ほら、もっと声を出していいのよ!」捻じ込むようにSの足がAの股間を圧迫した。
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)