エンドレス・ワールド
そんなこと考えて行動したことなんて一秒たりともなかったのに、彼を相手にするとすんなりと出てくる。
これはきっと、悪意故ではないと思うのだけれど。
そして彼は特に気に留める風もなく、当たり前のような顔で言いのけた。
「別に反してない。だって強盗に入った家の老人はもう半分死にかけてたんだぜ。そんな奴がお金を持っているより未来ある子供に配った方がいいだろ」
彼はポテトをかじりながらそんなことを言う。
明らかに自分勝手な、―――しかし心の底では誰もが思っていてもおかしくないような歪んだ『正論』を。
「突き落とした奴は、末期の鬱だった。リスカばっかりして、練炭まで買って毎日死にたい死にたい言っていたんだ、あの方が本人も幸せだったと思うし。
あとお前に会った時殺してた奴は、裏でヤミ金業者と組んで一般人から詐欺で金を巻き上げてる外道だ。世間にはばれてないけど、ほっておいたら絶対もっと被害者が増えたね。そう保証する」
当然のように語る。
彼は自分のやっていることを、悪いことだとは微塵も感じていないのだ。だからこそ、こんなに堂々と話すことができる。
悪い人間、要らない人間なら殺してもいい。その理屈は確かにおかしいし、彼が歪んだ人間であるのは……否定しようもない事実なのだけれど。
私には、そんなことを彼に対して糾弾する資格なんて、あるはずもない。
彼の眼には私は一体どう映っているのかが、気になった。
分からない。でも、知りたいとは思う。
彼の目に映る私は、彼と『同じ』存在なのか、違うのか。
「俺はさあ、悪のつもりなんてない。『皆のために』人を殺しているのに―――、誰もわかってくれないだけだよ」
彼は、皆のために「悪」を為している。
彼は自分の行いが正しくて、社会的に有益だと信じている―――その思考からいささか一本螺子が外れていたとしても、彼は「本気だ」。
それが正しいかどうかは分からないけれど―――少なくとも彼は、「皆のために」動いている。
そして私は、「私のために」正義を為している。
人を助けながらも―――1度だって他人のためになんて考えたこともない。
他人のために「悪」をなすのは「悪」なのか。
私のために「正義」をなすのは「正義」なのか。
どちらが正しいのか。本当に私は「正義」で、彼は「悪」なのか。
私にはよく分からない。……分かろうともしていない。
だからと言って、私はこのエゴをやめることはしないし、おそらく彼もそうだろう。
ただ、世間から張られたレッテルが―――私と彼では大きく違っただけの話なのだ。
私は「善」で、彼は「悪」。
私は皆から尊敬される存在で、彼は皆から忌み嫌われ恐れられる存在だというだけ。
そこにどれだけの違いがあるのかなんて、知らない。きっと、違いなんてないのかもしれない。
1つだけ確かなのは、その壁は私たちにとってはほんの些細なものにすぎないということだった。
「そうね」
だから。
「……私は、少しだけ分かるわ」
だから私は、―――私も、彼に惹かれているのだろうと思う。
※
それからも、私は彼と何度も逢った。
一度目とは違って、偶然ではなく意図的に。自分の意思で。
彼は私に会いたいと言ってくれたし、私も言葉にはしなかったけど内心はそうだった。
だから彼が冗談めかして恋人とかは世間的に無理なら一発やらせてよ、なんて年頃の女性に対して失礼なことを言ってきても、そうねいいわよ、の一言でそれを許容できた。
一般的に恋愛というには少しばかり歪だったかもしれないけれど、でも確かに。
彼とこれから一緒にいてもいいかなと思えるくらいには、私は―――
※
ある日、全国民に愛想を振りまくことと出演料を目的に出た自称『国民を救うための』テレビ番組で言われた。
「あの極悪な指名手配犯を是非貴方に捕まえていただきたい」と。
ずらりと犯罪の数々がまがまがしい色のパネルに並べられ、遠目から取られたらしい男の写真が巨大なパネルにつり下げられている。
それは、どう見ても彼だった。
そう言えばあいつ、俺は悪いことはしてないから姿を隠す必要なんてないって言ってたから思いっきり顔割れてるじゃない、馬鹿じゃないの、などと考えながら私は、司会らしい中年の男の言葉を聞き流す。
マスコミは正義の味方たる私が『きっとこのような極悪非道な犯人も捕まえてくれるはず』といきりたった。そして彼がいかに悪事を働いてきたかを繰り返し説明し、同時に私の今までの『実績』を褒め称えた。私がいかに優れているのか、私がいかに犯人確保に貢献してきたのかを羅列した。
そんなこと今さら言われなくても、自分のことだからとうに知っていた。
犯人はどうしようもない外道だから更生は不可能なので、自分の身に危険が及んだ時には『生死は問いません』。司会の男はそう言った。
だれがそんなことを判断したと言うのだろう。あいつが自分で更生しないとでも言ったというのか。そんなことは、どうせこいつらに言っても無駄か。
口では悲しそうに言いながら、その表情は嬉々としていた。
どうか捜査に協力してください、そう腕を掴まれ懇願された。
既にこの依頼に頷くことは打ち合わせで決まっていた。しばらくは悩み考え抜くそぶりをして、最終的に涙ながら受けてくださいと。シナリオはそうなっている。もちろん多額の金と一緒に、だ。
だから、私は予定通りただ―――それを受け入れる。
これを成功したらどれほどの褒美が来るのか。
どれほどの人間から崇拝されるのか。
私が軽く頭を下げるだけで、どれだけの人間の心を動かせるのか。
それを考えたらたまらなくなった。
でも、何故か。
少しだけ―――無性に寂しいと思った。
※
「貴方のことを殺しに来たの」
何度か来たことのある彼のアパートで、私は彼に銃をつきつける。
「…………ふうん、正義の味方が悪を倒しに来たってわけか」
彼は一瞬動揺したそぶりをみせたが、すぐにいつものような表情に戻る。おそらく、多少の見当はついていたのだろう。
「そう、私は『正義の味方』だもの」
彼は何か言いたげにしばらく黙っていたけれど―――やがて深々と溜息をつき、手を挙げた。
彼らしくもない、何かを諦めたような態度。
「分かったよ。お前は『正義』で俺は『悪』だ。だから俺は倒されるべき、そうだろ?」
そう笑いながら、俺は認めてないけどな、と呟く彼は、とても小さい人間に見えた。
私はそんな彼には魅力がないと、思う。
彼は、自分の行動は間違っていない、と豪語してこそなのだと感じる。
「ええ」
彼の、言うとおりだ。
引き金に手を掛ける。
どうせ彼は捕まったところで死刑になるのは確実だ。そう、どうせ死ぬ。
それなら私により有益になるように―――私が社会的に本当の『ヒーロー』に更に近づくように、悪は自分の手で滅ぼす。
それが、一番良い効用というものだ。
心臓がちくりと痛んだが、気にしない。
彼への思いはある。しかしそれ以上に自分のエゴが勝った。
勝っていると、思っている。
だって私は『正義』だ。『悪』を殺すことに躊躇いなんて、必要ない。
私は『善』を為し―――『悪』を駆逐するのが役目なのだ。
それが誰にとっても、きっと私にとっても、望まれていること。
作品名:エンドレス・ワールド 作家名:ナナカワ