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エンドレス・ワールド

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初めて人を救ったのは、2年前だった。
アルバイトで監視員をしているとき、プールでおぼれている子供に人工呼吸をし、息を吹き返させた。
ただマニュアルにそうしろと書いてあったから―――なけなしの知識でやったら、たまたまうまくいった。それだけだった。
子供は、裕福そうな老人と2人で海岸に来ていた。
私はその子供の祖父である老人に泣いて感謝され、10代の小娘にはとうてい使いきれないくらいの謝礼金を貰った。
子供からはお姉ちゃんは正義のヒーローだ、とひどく慕われた。


それからだ。
私は困っている人間を見ると、助けずにはいられなくなった。
善意ではなかった。
私は知っていた。……私の向けるほんの少しの善意は、私に倍になって返ってくることを。
人を救えば救うほど、私の懐が潤い自尊心が満たされると。
皆から見上げられ尊敬のまなざしを向けられることが―――どんなことにも勝る娯楽だと知った。
私は誰かを『助ける』ことで得られるありとあらゆる快感に酔った。
麻薬のように、ずるずるとはまっていった。
頼まれたことは何でもやった。
自分が満たされるに足りるものは、何でも受け入れた。
小さなものは、迷子のネコ探し。
大きなものは、人命救助。
そんなことばかりしているうちに―――私はやがて、本当の『ヒーロー』になっていた。ヒーローと、呼ばれるようになった。
警察官の免許も持っていないのに、異例で犯罪者に対して「実力行使」に出る権利を与えられた。銃の所持も許可された。冷静に考えればあまりにも考えなしだと思う。


私の国には娯楽がなかった。
正確にいえば、あったが、「なくなってしまった」。
性描写のある作品全ては18歳以下の目に止まると『性犯罪のきっかけ』になってしまうのでなくなった。インターネットは漫画やアニメなどの文化が規制されなくなっていったのと同時にそれらの派生サイトも次々と閉鎖していったこと、匿名で書き込みを行える掲示板は「いたずらな情報で国民を困惑させる害悪」とされて問答無用で潰されたこともあってか情報量が激減、今では好んで使う人はほとんどいなくなってしまった。
国民の娯楽は―――政府が公共良俗に反していないと判断を下した、暴力的なシーンもわずかな性描写も男女差別も政府批判も一切ない無味乾燥なドラマと、それに反比例するようにあまりに嘘っぽい話題を過剰に盛り上げるニュースしか存在しなかった。
そんなさなか、私という一見普通の少女が人助けをして回っているというネタに皆が食いついたとしても―――それは仕方がなかったのだろう。
『見返りを求めず人を救う、かわいすぎる正義の味方』、そんな名前でもてはやされた。それは皮肉なことに、私が昔好きだったアニメの主人公のキャッチコピーとよく似ていた。それは既に大人達の性犯罪の温床になるという理由で廃盤になってしまったけれど。

すっかり乗り気になったテレビ局にまで呼ばれ、どうしてこんな風に皆を助けるようになったのか、と理由を尋ねられた。
とりあえず思いつくまま人が傷つくのを見ていられなかった、この国の全ての人間に幸せになってほしかった、と平然と答えたら、スタジオじゅうが感動のあまり泣き出したらしい。あれが本当なのか私を盛り上げるための演技なのかは分からない。どうでもいい。
だってどうせ私も、嘘っぱちだったから。
私が「正義」だったのは、全部私の得になるからだ。
全部、全部私のためだった。他人がどうなろうとどうだってよかった。
私はただ、―――一番最初に体験した人を救うことの甘美を―――精神的にも財産的にも―――忘れられずにいるだけなのだ。
人を助けて人に笑顔を向けられ、人に謝礼をもらえるだけで満たされる気分になる。自分が神になったような快感が身体を突き抜ける、から。
そこには―――テレビのヒーローのような、聖人じみた理想なんてこれっぽっちもなく。
ただの自己満足。ただの自己愛。ただの金の亡者。
こんな身勝手がヒーローだなんて、聞いてあきれる。
どうやらメディアと言うものは、感動的な演出さえできればその真偽になんて興味はないらしい。
私のことを本当に知ろうと思うなら―――このどす黒い腹の中だって、すぐに分かってしまうだろうに。


私はまつりあげられ、感謝された。
街を歩けば握手を求められ、泣いてすがられ、何もしていないのに褒め称えられ、通帳ごとお金をもらったことさえあった。
なんて―――それは楽しい。
世間に娯楽はないように―――私にだって娯楽なんて今までなくて。
だから私はそこに『快感』を見出して―――戻れなくなった。
一度食べた禁断の果実の味は、もう二度と忘れられないように。
やがて謝礼どころか人の泣き顔を見ることすら快感に思えるようになってしまって―――私は、今日も「力なきか弱い庶民」に笑顔を向ける。



そう、だって、私は。
皆から求められ必要とされ愛される、【正義の味方】なのだから。







「お前さあ」

そんな中。
「彼」に会ったのは、二カ月前だった。

「正義の味方」として行方不明になっていた家族を探して欲しいと言う頼みを受けていた時―――偶然出会った。
本当にこれは偶然、狙いなんて何もなかった。
彼は私と同じくらいの年の青年で―――外見は何ら目立つところのない、普通の男だった。
私たちは出会ってすぐ、何か運命的なものを強く感じ惹かれあった。
でも、私は知っていた。
ううん、―――今思えば、知っていたからこそ興味を持ったのかもしれない。
彼は、「悪」―――「ヒーロー」たる私と対をなす存在なのだと。
だって彼は。
私の目の前で―――罪もない人を殺していたのだから。


病気の老人の財産を根こそぎ盗んで行く。
ホームから人間を突き落とす。
時には、積極的に刃物を用いて人を殺す。

どう考えても世間一般的に「悪」の指名手配犯である彼は、私の目の前で今、……ハンバーガーを食べていた。
実に美味しそうに頬張っている。……自分の立場も忘れているかのような脳天気っぷりだった。
もっとも、それに付き合っている私も私だが。
「お前は、やっぱり俺を悪いと思ってんの?」
何ら悪意のない―――どころか無邪気にすら見える顔で、「彼」は問う。
「……何でそんなこと聞くの?」
食べながら聞くなとは内心思ったが、私と彼の『時間』はそんなにあるわけではないから仕方ないのかもしれない。
だって、『ヒーロー』である私と『悪』である彼が一緒に行動しているなんて世間にばれたら問題だ。
私が今まで培ってきた信頼が全てパーになってしまう。
―――私がこの幸福を味わえなくなってしまうから。
なのに彼には堂々と私の名前を呼び―――子供のように口を開けハンバーガーにかぶりつく。
「そりゃ、気になるから」
「何で」
「俺がお前のこと好きだから」
真顔で、こいつはそう言いのけるのだ。
…………辟易した。こいつはまあ、よくも私の『真逆』の立ち位置にいる存在のくせして、そんなことをいけしゃあしゃあと。
私のことが好きなのに私に迷惑をかけるなんてどういう理屈なのか。
「……ならどうして、私の『正義』に反するようなことするの?」
嫌味だった。私の正義、なんて反吐がでる笑い話。
作品名:エンドレス・ワールド 作家名:ナナカワ