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一生懸命頑張る君に 1

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Episode.5 ただただ光の射す方へ part2



琥瑦が武隆のことを告白してから、ずっと武隆の死ばっかりが紫乃の頭の中をぐるぐるとまたぐるぐると旋廻していた。
なんで気付いてやれなかったんだろう、なんでもっと話してあげなかったんだろう、なんで・・・なんで・・・・。
そんなこと、思っちゃいけない。分かっているはずなのに、琥瑦にも言われたはずなのに、どうしても受け止められない自分がいることに気づく。
『鈴木さんは、武隆の大切な人だし、やっぱり笑ったほうが、あいつも喜ぶんじゃないかな』
琥瑦の言うことは、正しい。正しい。
白血病のことも、ちょっとは調べた。図書館にはその手の本がたくさん置いてあった。
『白血病は白血球、赤血球、血小板が骨髄の中で腫瘍化する病気。白血病の3兆候は「貧血」「出血」「(感染による)発熱」。また、息切れ、倦怠感もある。急性骨髄性白血病全体の完全寛解率は60%~80%。また、治っても急性骨髄性白血病の5年生存率は20%~30%と言われる。』
紫乃は、これを読んだ途端、今までのことが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
(そう言えば、武隆君、最近タイム測るのが少なくなったなあ・・・。息切れだってしてた)
息切れは誰にでもよくあることで、何かを患っているとは考えられなかった。
武隆は良く貧血も起こしていた。これは、武隆の母から昔からだと聞いていたから、深くは考えなかった。
(でも最近はそんなに体調が良くないって・・・でも・・・でも・・・)
紫乃は自分のことを責めずには居られなかった。マネージャーとして、選手の体長管理は怠ってはならなかったのに・・・と。
武隆の体調にもっと早く気付いてやれれば、治る確率だって上がったかもしれないのに。
『鈴木さんは、武隆の大切な人だし、やっぱり笑ったほうが、あいつも喜ぶんじゃないかな』
そんなの分かっているのに。なにもかも、頭ではちゃんと考えているのに。
数年後には、来年には、半年後には、一ヶ月後には、一週間後には、明後日には、もしかしたら、今日中には―――・・・。彼の存在が、この世から消えてしまいそうで、彼の死が次の瞬間にはもう来てしまいそうで、やっぱり怖くなってしまう。
それに、田中琥瑦がやっと走れるようになったのに。こんな皮肉があっていいのだろうか。琥瑦は武隆のことをもう走れないと思っている訳でも、気にしているようでもなかった。どちらかといえば、『陸上』というものに、一生懸命にひたすら上を目指しているように見える。
こんな風に、武隆のことが気になるのは、武隆が特別に好きという訳ではなく、ただ、身近な人がこんな風にして消えていくという事実が怖いだけだった。
(死がこんなに怖いものだなんて)
誰もが予期しなかったであろう。
あのノストラダムスの時でさえ、死とは何かを考えたことなんてなかったのに。

紫乃は、病院に行くしかなかった。
これは武隆のためとか、そう言った『誰かのため』なんかではなかった。ただ、自分のために、自分の気持ちを納得させるために、そうするしかなかった。
琥瑦は病院の名前を伝えていた。紫乃が武隆のもとに向かうことに確信を持っていたからであった。
(田中くんは分かっていて送り出してくれたんだろう)
きっと行かなければ納得できない何かがあるのだ。
それは、紫乃にしか分からないことなのである。

武隆のいる病院は、市内でも割と大きい方の病院だった。紫乃もなんどか掛かったことがあったので、直ぐに合点がいった。
『工藤武隆様ですね・・・504号室に』
(武隆君は、まだ走れる。田中君もやっと、やっと陸上部に入ったのに)
武隆の病室は、角部屋だった。
余り、人も通っていないようだった。この角部屋には真実が全て詰まっている。紫乃が聞きたい全てが。それ故に、紫乃は恐怖した。ここからは彼の領域だ。彼だけの。勝手に踏み入れることは許されない。
なんで考えもなく、病院まで来てしまったのだろう。
紫乃は、武隆がいるであろう病室の前で立ち尽くしていた。
すると、中から声が聞こえてきた。それは、武隆の元コーチ、秋田勝の声だった。
(誰と一緒にいるのかな)
無論、紫乃は秋田のことなど、全く知らなかった。
(余計入りにくい…)
「…武隆、お前、白血病になったって…」
「コーチ、本当に今まで御指導下さいましてありがとうございました。…もう僕は、走れないけど…」
(よく聞こえない…)
紫乃は外から聞いていたので、聞こえづらかったのだろう、彼女は身をドアに当てて聞いていた。
「…そういや、琥瑦は元気にしているのか…」
はっとした。田中琥瑦の名前が出てくるとは、余りに唐突で、紫乃の興味をひいた。
「…あいつはまだ走れますよ。きっとその内に世界陸上や五輪で活躍します。…俺が見ることは適わないでしょうが…きっと」
武隆は珍しく弱音を吐いていた。紫乃は彼が弱っている事が解った。彼が弱る気持ちも、紫乃にはよく解った。
(武隆君はやっぱりもう走れないの)
諦めの気持ちの入った、ため息のような告白は、紫乃の気持ちも暗くした。
暫く考え込んだ後、コーチがゆっくり口をあけた。
「・・・そうか。でも、琥瑦がまた陸上を始めたってことは、お前が説得したんだろう。琥瑦は大丈夫だ。・・・お前は琥瑦のことを一生懸命、支えてやればいい。それだって、立派に走る事だと思うけどな、俺は。マネージャーやコーチに支えられて今まで走ってきたんだろう。だから、今度は琥瑦を支えてやってくれ。・・・お前はまだまだ生きているだろうが」
武隆ははい。と静かに答えた。それはいかにも静かだった。

作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥