一生懸命頑張る君に 1
Episode.5 ただただ光の射す方へ part1
その次の日、武隆は学校には来なかった。
裕也と琥瑦、紫乃以外に、武隆の欠席理由を知ってる者はいなかった。
裕也に話すと、
「…武隆はそんなこと言っとったんか」
「ああ。」
こういう時、どう返せばいいのか分からなくなってしまう。琥瑦は言葉を探していたが、先に口を開いたのは裕也の方だった。
「じゃあ、武隆の分まで、俺らが走らな」
裕也はにっこりと笑った。
「だって、武隆は俺らに託す言うたんやろ。じゃあ約束は果たさな、あかん。琥瑦、」
裕也は琥瑦の方を見てから、窓の外に目をやった。
「それにな、まだ生のある内は、天命を果たしてないっちゅうことや。武隆はまた走れることがあるかも分からんよ。医学的なことはまるで駄目やけど、これだけは言えるわ」
なるほど、琥瑦は妙に納得してしまった。裕也は、これは受け売りなんやけどねと照れたように言った。なるほど、裕也の言葉じゃないからか。そう思って笑ってしまったことは、どうやら裕也には気付かれなかったらしい。
紫乃は、明らかに動揺していた。
「…嘘、言わないでよ…。武隆君はこの前田中君が来た記録会の時は100メートル二位だったんだよ。ちゃんと走ってたよ。なんで、こんなにいきなり…。武隆君は走るのか好きなのに、こんなのって…」
遂に泣き出してしまった紫乃に、今度こそなんと声をかければよいか分からなくなってしまった。
『大丈夫』『武隆はきっと走れるようになるよ』
確証がまるでなくても、そういうべきだったのだろうか。しかし琥瑦は泣きじゃくる紫乃に向かって、そんな無責任なことは言えないと感じた。
でも、琥瑦はそれでも伝えなくてはいけないことがあった。
「…武隆は」
声が掠れる。伝わってるだろうか。
「武隆は、きっと、悲しんでほしくないと思う」
ありきたりな台詞しか、出て来ない。それがものすごくもどかしい。
紫乃は、琥瑦をみた。赤く腫れた目。どれだけ武隆を心配しているか。
「鈴木さんは、武隆の大切な人だし、やっぱり笑ったほうが、あいつも喜ぶんじゃないかな」
紫乃は、琥瑦を見た。真っ直ぐな視線がそれぞれ絡み合っていた。
「…そうかな」
紫乃は聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟いた。
「…武隆君は、私が笑ったくらいで、喜ぶのかな」
不安で悲しくて、混乱して…。でも、気持ちは武隆にちゃんと向けられていて。
たった二カ月しか経っていないのに、こんな大事に思ってくれる人がいるなんて、やっぱり、武隆は凄いと琥瑦は思っていた。
(なかなかあんなに思ってくれる人はいない)
武隆の存在の大きさが、琥瑦には強く強く焼き付けられていた。
(俺も、武隆の分まで…)
武隆は今、何を思っているのだろう。
(俺は。)
琥雨は、握り拳を作って、うつむいた。
(俺は、あいつの分まで走らなきゃならねえ)
そう、心を固めて。
琥瑦は、放課後に部室に寄ってみた。
スパイクは持ってきていた。武隆の件があったからか、斎藤も部室にいた。裕也もいた。治毅もいた。ただ紫乃だけは居なかったが。
(やっぱり、鈴木さんは来ていないか)
紫乃がいないことはなんとなく想像がついた。きっと武隆の元に行っているのだろう。
武隆がいなくなって、これで走るのは四人のみ。この人数では、4継も危うい。しかも、斎藤は長距離、治毅は中長距離、裕也は短距離、琥瑦は短距離と、見事にばらばらな組合せだった。
斎藤は口を開いた。
「君が、田中君か」
「…はい」
ピリッとした空気が流れる。
(やばいな…)琥瑦は、斎藤から放たれている「気」のようなものに、自然と身構えていた。身体が強張る。どうしようもない冷や汗が流れ出す。
「…武隆からの勧誘か、それとも紫乃君の勧誘か」
斎藤は変わった話し方をする人だった。
「どっちもです」
「武隆は、白血病のことを君に告げたとき、なんと言っておった」
斎藤の目が琥瑦を捉えて離さない。鋭い槍が首元に突き立てられている錯覚に陥った。
「…武隆は、武隆は俺に『走れ』って言いました」
斎藤の目が揺らいだ。
「『俺の代わりに走れ』って言いました」
はっきりと、琥瑦は言い放った。
斎藤は考え込んだ後、琥瑦に向かってこう言った。
「武隆が、君を認めたのなら、俺も君を認める。俺たちは、武隆の代わりに走らなきゃならん。…武隆の思いを背負って走るのは、託された田中君、君だけだ。武隆の思い、紫乃君の思い、我々の思い、ちゃんと仕舞って持っていけよ」
にやりと斎藤は笑うと、さあ走るぞーと声を掛けた。琥瑦は唇をぎゅっと噛み締めた。
(俺たちの思い…か)
その重さに、改めて気付かされた。
作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥