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一生懸命頑張る君に 1

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Episode.5 ただただ光の射す方へ part3



琥雨はグラウンドにいた。
奇跡的にサッカー部が遠征中で、グランドが空いていたのだ。

半年前まて使っていたスパイクを履いた。かなりボロボロであったこの靴。これは武隆と走ってきた証だった。
(新しいのを買わないと)
そう思いつつ、琥雨はこの靴を気に入っていた。だからこそ、捨てずにいたのかもしれない。しかし、このスパイクにいつまでも頼っているわけにもいかないのだ。
靴紐を固く固く締めて、脚で軽く地面を蹴ってみる。ああ、この感じだ。琥雨はそう思った。戻ってきたのだ、遂に。
トラックの形、緊張感、砂の匂い、空の蒼さ、皮膚で感じるひんやりとした汗、そして風。
ああ、この感じだ。ずっと待っていてくれたんだな。
ここに来るまでに、琥雨はずっと成長した。止まっていた時間が流れ出して、急に流れを速めたようだった。成長を促した。
琥雨は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。夏の、熱された砂の匂いがした。トラックに脚を踏み入れる。昔は隣に必ず武隆がいた。常に競い合っていた。それはトラックだけでなく、帰り道や公園であったりもした。記憶の中、武隆の存在といつも張り合っては競い合っていた。
けれど、今は違う。
今まで、武隆が何度も引き上げてくれた。ついこの間だって、そうだ。武隆のお陰なのだ。でも、これからは自分自身で上がっていくしかない。
位置について。
琥雨は、小学校の時の運動会の合図を思い出した。台に足を乗せると、やはり懐かしく思った。
よーい。
腰を上に突き出す。
パァン。
力強く地面を蹴ると、もう、走ることしか考えられなかった。腕を振る。地面を蹴る。呼吸をする。加速する。前を見る。風がすり抜ける。体がリズムを刻む。
100メートルという短い距離をただただ走る。そのことだけに集中する。
(ここに武隆がいたら)
そう、琥雨は考えた。絶対に抜かされるだろう。武隆のように、あの、記録会の時の武隆のように、しなやかに走れれば、どんな世界が待っていて、どんな風に見えるのか。でも、今はそれでいいと思った。いつか必ず抜かしてやるけれど。
ゴールが近づく。
身体がスピードに乗って、前へ前へと進ませる。何処までも行ける気がしてくる。
(走るってすげえ)
武隆に言われて気づいた。武隆が走れなくなってから気づいた。言われずに、気づかずに、このまま過ごしていたのかもしれない。でも、気づいた。気づかせてくれた。世界のいろいろなものが、キラキラと輝いて、色が鮮やかに映り、新鮮に感じる。走れるだけで。
走るなんて、殆どの人がやったことがあるはずだ。そんな単純なものなのに、こんなにも命を蘇らせてくれるものなのかと思った。
ゴールの白い線を踏み、後ろを振り返ると、ただ真っ直ぐな100メートルの道があるだけだった。その道が、どれだけ尊いものか、誰が知っているのだろう。
立ち止まった瞬間に、笑みがこぼれた。
(武隆、ありがとう)
いつ終わるか分からない命が、やはり武隆のお陰だった。
(ありがとう)
きっと、きっと忘れないだろう。

殆ど放心状態で突っ立っていると、治毅と裕也が駆け寄ってきた。治毅が声をかけた。
「田中君、やっぱり凄かったよ。武隆君が言っていた通りだった」
「武隆が…?」
「前の記録会の時に、武隆君が言ってたよ。俺より凄い奴いますからって」
そんな。と琥雨は思った。武隆の方が、今は明らかに上だろう。
「…今はまだ勝てないですけど、いつか必ず抜かします」
そうだきっと。
そうしていると裕也が乗り掛かってきた。
「まあ、今日の所はここらで切り上げとこ。日も落ちてきたしな。ま、武隆との差は今度分かるやろ。この分だと大丈夫やな」
琥雨は不思議に思った。
「何のことだよ」
裕也はニヤリと笑ってこう言った。
「そりゃあ勿論、最終記録会や」
作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥