一生懸命頑張る君に 1
Episode.3 【人生経験不足】part.6
位置について―――。
琥瑦はそんな久しぶりの言葉に、懐かしさを感じていた。
(運動会の時からずっと聞いていたっけ・・・)
パアンという音とともに一斉に走り出す。
その姿が、何よりもかっこよく見えた。
綺麗なフォーム、瞬発力、そして何よりお互いを高め合う姿。
琥瑦は、血が全身に流れ出すのを感じた。
(走りてぇな・・・)
自分の中だけでは処理できないほどの、胸の高鳴り。
(俺は・・・)
『・・・・くん。第4レーン伯零中学校、工藤武隆くん』
「ハイ!」
武隆の大きな返事が、競技場に響き渡った。
彼は100mの走者だった。
(武隆・・・頑張れ)
琥瑦は気付いたら身を乗り出していた。
辺りが静寂に包まれる。
心臓が止まりそうになる。
「位置について―――・・・用意・・・」
一斉にランナーが腰を高く上げる。
パアンという音が響き渡った。
武隆はグイグイと周りを抜いていく。
その姿はまるで、大空を駈けるペガサスのようで。
「武隆ぁ!頑張れぇ!」
気付けば、大声で叫んでいた。
武隆がゴールする。
その姿に琥瑦は強く、憧れを感じた。
(すっげぇ・・・)
いつの間にか、雲が消えて、澄んだ青空になっていた―――。
武隆は、走っている最中、琥瑦の声が聞こえた気がした。
『武隆ぁ!頑張れぇ!』
それは空耳だったのかもしれないけれど、武隆の中には強く強く残っていた。
「・・・武隆君、お疲れさま」
紫乃が目の前に立っていた。
「おう・・・お疲れ」
紫乃はにっこり笑うと、こんなことを言い出した。
「田中君のお陰かな、すごくいい走りだったよ。すごく、すごくいい走りだった。・・・田中君、まだいるのかな」
それを聞いた途端、武隆は客席スタンドに向かって走り出していた。
(頑張れ、武隆君)
紫乃がそう思ったことを、彼らは知る由もない。
「・・・っ、琥瑦っ」
琥瑦は後ろを向くと、武隆が息を切らして立っていた。
「・・・武隆」
びっくりしたような顔で、武隆を見ていた。
(ヤバい、何話したらいいかわかんねぇ・・・)
武隆は、そんなことを思っていた。
「・・・あのさ、今日、なんで見に来たんだよ」
思わず喧嘩腰になってしまい、武隆は顔をそらした。
「いや・・・お前のとこの鈴木が、身に来いって言うから」
「紫乃が・・・?」
そんなことは全く知らなかった。
紫乃には、気まずくなった理由なんて話していなかった。
でも・・・それだけ心配かけていたってことだろうか。
「お前、陸上は・・・」
言葉に詰まると、琥瑦はゆっくりと話し始めた。
「なんていうかさ、走りたくなったんだよ。・・・お前、見てたらさ、まだ走りたいって気持ちがあったんだ・・・って思って」
琥瑦はそれしか言えなかった。
恥ずかしさと、ためらいが、そのあとの言葉を言わせない。
武隆は、ポツリとつぶやいた。
「・・・じゃあさ、また陸上やろうよ」
「え・・・?」
武隆は今度は琥瑦をちゃんと見て言った。
「陸上、やろうよ」
琥瑦は、少し間をおいて、
「・・・おう」
そう頷いた。
半年の溝が、一気に縮まった。
作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥