一生懸命頑張る君に 1
Episode.3 【人生経験不足】part5
「おい、なんでそんなしけた顔しているんだ。そんなんじゃ良いタイムでないぞ」
武隆が振り返ると、そこには陸上部の顧問・西山秀和がいた。
「はあ」
気の抜けた声を出すと、西山は強く背中をたたいた。
武隆は西山のことをあまり付き合いたくない苦手な相手として避けていた。
すると唐突に西山はこんなことを言い出した。
「工藤、お前は誰かに認められたいと思うか」
武隆は黙り込んだ。それはおおよそ肯定したものと同じであった。
「じゃあ、お前は誰かに認められたくて陸上をやっているのか」
武隆は唇を噛み締めた。西山の言っていることは図星だったからだ。
確かに、琥瑦と口を利かなくなる前は楽しんで陸上をやっていた。
琥瑦が悩んでいることも分かってはいたが、彼はそのうち立て直してくるだろうとばかり思っていた。
それは、ただの思い込みだった。
琥瑦に失望したのではない。自分に失望している自分がいることに気づいた。
その日から、琥瑦に―――そして自分に認められたくて、必死になってトレーニングした。
その当の本人は、多分、競技場にはもういないだろう。
紫乃は、ただ自分を宥めていただけなのかもしれない。
琥瑦がいなくなった時、自分の中の何かが崩れ去った。
それは、琥瑦に認められれば、自分もきっと認めてくれるだろうと思っていたからに違いない。
西山は俯く武隆に、語りかけた。
「・・・あのな、陸上なんてただ走って体力を使うだけの、しょうもないスポーツだ。だがな、お前は昔から走るのが好きだと言っていたが、そん時は疲れるからとか、認められたかったからとかを思って、走ってはいなかっただろう。そういうの抜きにして今だって走れるはずだ。―――たいだい、お前は人生12年しか生きてないんだから、いっぱい成長して、これからの未来をたくさん選ぶことができる。お前が悩んでることも、そのうちちっぽけに見えてくる。そんなもんなんだ。だから、今やるべきことを精いっぱいやれ!以上!」
そう言ってまたさっきよりも強く背中をたたくと、手を振りながら歩いて行ってしまった。
(なんだ、あの人・・・)
けれど心の中が澄んでいくのが分かった。
(やれる)
陸上というスポーツに初めて向き合った。
そして、琥瑦はどこかで見てくれているのではないかと思った。
根拠なんてどこにもなかったけれど。
琥瑦はしっかりと競技場を見据えた。
ここで陸上と決別するのか、それとも―――。
その答えはもう出ているのと同じだった。
琥瑦自身がそう感じていた。
作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥