一生懸命頑張る君に 1
Episode.3 【人生経験不足】part.4
なぜだか人が多く、琥瑦はちょっとした迷子になりかけていた。
(マジかよ・・・)
大体、競技場に足を踏み入れたことなんて一度もなかった琥瑦は、どこに座ればよいのかさえもよく分からなかった。
(どうしよう・・・)
途方に暮れていると、突然腕を掴まれた。
バッ、と後ろを向くと、そこには少女が仁王立ちしていた。
「遅いよ!」
紫乃は、嬉しそうに琥瑦に呼びかけた。
武隆は、何も知らなかった。
紫乃はいるはずもない琥瑦に駆け寄って話していた。
武隆は、本能的に必死になって隠れた。
もう琥瑦には嫌われているに違いなかった。
半年も話していない彼に、どんな態度で話せばいいのか、正直言って分からなかった。
琥瑦の方を見ると、彼はまだ、こちらに気づいてないようだった。
武隆がいると知ったとして、琥瑦が逃げたら、本当の本当に終わったなと思う。
それだけは避けたかった。
もう一度見ると、琥瑦はいなくなっていた。
(帰ったのか・・・!?)
もしかしたら、気づいてしまったのかもしれない。
それか、紫乃が、武隆がいるということを言ってしまったのかもしれない。
でも、武隆は気付けなかった。
琥瑦は武隆がいると知りながら、この競技場に足を踏み入れたことを。
「田中君来てくれたんだね」
「・・・仕方なく、だよ」
琥瑦は照れたようにそっぽを向いた。
「大体、今日何があるんだよ」
「今日は記録会だからね~たくさん人がいるけど・・・迷ってた?」
図星だったためか、急に顔を赤くして、
「ち、ちげーし。・・・初めて来ただけだって」
「ふーん。じゃあ、こっちにあるから」
女子に案内されるのは琥瑦にとっては癪だったが、仕方なくついていった。
「・・・あのさ、武隆君と仲良かったんでしょ。なんで今は話さないの?」
琥瑦はその質問を前々から覚悟していた。
紫乃は何でも分かっているような気がしていた。
もしかしたら、武隆はもうこのことについて、紫乃に言ってしまったのかもしれなかったが。
「俺が陸上やめたから」
やっぱり・・・と紫乃は内心思っていた。
武隆と琥瑦の共通点といえば、足が速いくらいしかなかったから。
見ていれば分かる。武隆と琥瑦が、実はお互い気にかけ合っていることは。
「なんでやめちゃったの・・・?」
琥瑦は眉をひそめた。
「・・・もう良いだろう。これが終わったら帰る」
紫乃はそんなんじゃ困る、と思った。
琥瑦と話していた時、武隆だって見ていたはずだ。
これで入らなかったら、今度こそ、武隆はダメになってしまうだろう。
「じゃあさ、もうこれが終わったら何もやらないし、無理やり聞いたりしないから、武隆君の走る姿だけでも見てってよ」
琥瑦はため息をついて、もう聞かないからな、と言ってまたそっぽを向いた。
紫乃は選手の元に戻ると、そこに武隆の姿があった。
でも、明らかに暗い表情だった。
「武隆君、今日田中君来てるから」
ちらりと紫乃を見ると、武隆はぼそりとつぶやいた。
「・・・さっき、帰ったんじゃないのか」
(なるほど、そういうことか)
紫乃は明るく話しかけた。
「大丈夫だよ。帰ってないから。」
(記録会ってこんなに人が集まるのか・・・)
ほとんどが誰かの親なのだろう。
でも、ぽつんぽつんと陸上に携わっているような感じの人もいた。
(俺の時も、母さんは見に来てくれたっけ・・・)
今の母からは想像もつかないほどはきはきとしていた母。
この半年の間でどっと老け込んでしまった。
そんな母は、琥瑦がまた陸上をやることを望んでいるのだろうか。
「はあ」
気の抜けたようなため息が一つ、浮かんで、消えていった。
作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥