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夢と現の境にて◆参

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「家にあった親父の灰皿で殴られて、妹は死んでた。病院に運ばれた時には手遅れだったらしい。母親は精神的に空っぽみたいな状態になってて、大人しく警察に連行されていったって聞いた。その後は、もう妹の葬式とか…、色々あった。だけど、俺の知らない間に、…親父は刑務所にいる母親と離婚の手続きをしてた。あんな状態なのにな。」
「……。」

淡々と喋る間宮。俺はなんと言葉を掛けたらよいか分からず、ただ、黙ってその話を聞いていた。何か言葉を、返すべきではないのか。そう思うのに、頭の中に浮かぶ言葉は、…どれも薄っぺらで単純なものにしか感じられなかった。いつもいつも、自分にかけてくれる言葉は、温かく、力強く、聞いているだけで活力を与えてくれるようなものなのに。そんな自分がもどかしく、なにか声を掛けたくて口を開く。でも、何を言うというのだろう。大変だったんだな、と他人事のように返事をすればいいのか。俺だったら、そんな言葉は要らないと思うだろう。寧ろ、言われたらきっと…。そんな恐怖に苛まれ、開けられていた自分の口はいつの間にか重く閉じられていた。

「聞いてくれっていっても…、なにか特別言葉が欲しい訳じゃないからな。」

俺の心情を見透かすかのように間宮は隣で呟いた。

「ただ、狭霧に聞いて欲しかっただけ。それ以上はなにも考えてない。」

知らぬうちに俯いていた俺の頭を、間宮は手でぐしゃぐしゃと掻き回した。そして「気にすんなよ」と、笑いながらそう言って、立ち上がった。
こんな時まで、気遣いを忘れない間宮に、胸が締め付けられそうになった。そして悔しくなった。無意識に唇を噛む。過去を話すことは、どれだけの勇気を必要とするのだろう。間宮は誰にでも、この話をするのだろうか。思い出せる限り、学校ではそんな噂や話など耳にしたこともなく、そんな素振りさえ感じられない。ただ、偶に垣間見るどこか大人のような静けさが、他の者とは違うことを感じさせていた。
自分の予想は残念なことに当たっていたのだ。間宮にも辛い過去がある。決して自分だけが、辛い思いをしていたわけじゃない。そして、自分だけがこうして気遣われ続けるのは不公平すぎる。自分も間宮の力になるべきだ。そう思い、顔を上げると、背中を向けていた間宮が俺を見た。
その顔は、どこか寂しげだった。いつもの凛々しく、大人びた表情とは違って見えた。口を開こうと思っていた俺は、またしても声を出せずに固まってしまった。

「ダメだよな…、嘘つくんじゃなかった。…本当は知りたくて堪らなくなって、それで話したんだ。」

頼りな下げに鼓膜を震わす声を何処か遠く感じた。
間宮と合わさった視線を逸らすことも、問うこともできずに、俺は恐らく言われてしまうであろう次の言葉を待った。

「狭霧に何があったのか知りたい。…話してくれるのを待つつもりだった。けど…」

そこで言葉を区切り、言いにくそうに間宮は視線を逸らした。苦虫を噛み潰したような顔で黙った後、絞り出すように喋り出した。

「時々、我慢できなくなる。自分が今にも何をするのか分からない。…おかしいよな。いつも周りの奴らに何言われたって何されたって自制が利くのに。…最近、狭霧にだけは利かなくて困ってる。」

それは――
どういう意味なのか聞いてはいけない気がした。悟ってしまった瞬間顔から火が出そうになった。それでも、それを隠そうとは思わず、ただいつもと違う、自身のことを語ってくれている間宮を見ていたかった。

「今じゃなくてもいい。聞かせてほしい。…狭霧のことを」

まっすぐに見つめ返してきた間宮に、俺は唾をのみ込んだ。迫力のある言葉に、自分の中で過去を語るというあの恐怖は湧いてこない。寧ろ、間宮に話してみたいという自分がいることに、驚いた。
本当に、どうして間宮にはなんでも許せてしまう気がするのだろう。こんなにも懸命に自分を思う人間がいるだなんて知らなかった俺は、戸惑いと、嬉しさが混ざってか、視界はいつの間にか潤んでぼやけてしまっていた。目を細めると、頬に何かが伝う感触。間宮がいったいどんな顔をして俺を見ているのかは分からなかった。けれど俺は震える声で、何にも恐れることなく、躊躇うことなく、返事を待つであろう一人の人間に、本当の自分の声を、聞かせた。

「お前には…、絶対、話すからッ…!」

最後がまるで泣き声のようになってしまっても、間宮は笑わなかった。ただ、少しの沈黙の後、優しく抱きしめてきて、「うん。」と返事を返されれば、俺の微かなあの希望も、全て無駄なことのように思えてきた。偽ることなんて、無理だったんだ。

俺は、間宮が好きなんだから。



作品名:夢と現の境にて◆参 作家名:織嗚八束