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Loveself プロローグ~弟編~

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本当は今にでもこの学校をやめて、別の学校に編入したい。兄さんよりレベルの高い僕にふさわしい学校に。
僕を受け入れ、僕を認めてくれ―――僕の才能を限界まで生かしてくれる、そんな場所に。
でも、僕はそれをしない、なぜなら―――

「あら」
黙々と下を向いたまま歩き続ける僕に突然かけられた―――声。
その声の主を、僕は知っていた。
そしてそれは、……僕がこの学校を辞めない最たる理由でもある―――

鼓動が早まる。息が詰まる。
それでも僕は確信し、ゆっくりと顔をあげた。
そこには、花が、あった。
僕の想像通りの―――あまりに美しすぎる一輪の華が。

艶やかな黒髪。
すらりとした、それでいて女性的な肢体。
現代のヴィーナスと呼ぶにふさわしい―――艶めかしく麗しく可憐な容貌。

「久しぶりね、在朝君」
僕が思いを寄せる唯一にして最後の女性。
都山留衣先輩が―――そこに立っていた。

体が熱を帯び、歩みも止まる。
彼女を直視することもかなわない。
それくらいに、彼女は女神のように美しい。
「お、おはよう……ございます……」
どうして彼女がここにいる?
頭の中は疑問符と、彼女に会えた情欲に似た喜びで埋め尽くされる。
下品な感情では決してない。……純粋な、歓喜だ。
彼女の家は、こことは反対方向だったはず。
どうして―――

「おはよう。あのね、在朝君」

そこまで考えて、彼女の形のよい桜色の唇が動くのを見て。
(あ、)
僕は、悟った。理解した。
聡明な僕には―――分かってしまった。
理解した瞬間―――自分の中の熱が急速に冷めていく。
冷え切った、氷のような妬ましさと不愉快が僕を満たした。

どうして?
そんなの、僕はよく知ってるはずだろう?
彼女の唇が次に、紡ぐ言葉は―――


「ば……在野、どこか知ってる?」


兄の名前だと、知っていたじゃないか。
わかってはいても―――それでも耐えられない。
彼女が、兄の名前を呼び捨てるなんて。
そしてこうして―――兄に会うためにここにいるだなんて。
認めたくない。我慢できない。信じたくない。理解したくない。

どうせ、兄さんが無理やり彼女を呼びだしたのだ。そうに決まっている。
女神のように美しくやさしい彼女は、そんな兄さんを突き放せないだけ。
彼女は兄さんのことを愛してなんか、いない。いない、いないんだ。
そうに決まっているさ。そうだろう?
だって、兄さんみたいな駄目人間が―――留衣さんみたいな素晴らしい人に、愛されるわけないじゃないか。

だって彼女は、僕の運命の人なんだ。
一目見た瞬間に僕は感じたんだ、運命を。
彼女はどこか、僕に似ている。
そして、それでも、どこかが徹底的に違う、と。
そう気付いた瞬間に―――僕は恋に落ちていた。
優秀で真面目で心優しい、本物の女神のような彼女は、僕にこそふさわしい。
あんな騒がしい蠅の隣にいるより、僕の方がずっと、ずっと―――


彼女を幸せにできるのに。
彼女にとって―――価値ある存在だというのに。


「……家に、いましたよ」
本当は、兄と彼女を会わせたくなかった。
それでも、彼女に嘘をつくことは僕のプライドが許さなかった。
「そう、ありがとう。何してた?」
相変わらずの柔らかい笑みで僕に問う彼女。
普段ならその笑顔を見ると幸福な気持ちになれるのに、今は―――そんな気分には到底なれそうもない。
「……さあ」
知っていたが、知らないふりをした。
彼女が兄さんのことを知る必要なんてないじゃないか。
だから、それ以上兄さんのことを気にかけないでくれ。
「そう?なんとなく予想はつくけど……あ、ごめんなさい、引き止めて」
そして彼女はもう一度、微笑み。
「じゃ、またね」
慈愛に満ちた優しげな顔のまま、彼女は僕に背を向けた。

「……、」
本当は、その背中に訪ねたかった。
今に始まったことではない。兄さんと彼女が知り合いだと知ったその日から―――ずっと聞きたかったことだった。
『兄さんと留衣先輩は、どんな関係なんですか?』
しかしいつもその言葉は、喉まで出かかって止まってしまう。
聞いてしまえばいいのに。
彼女はどうせ兄さんに迷惑しているのだろうから、聞いてみればすっきりするはずなのに。
その一歩が、踏み出せない。

『怖いんでしょー、トモ君』
くそ、なんでこんな時にあの女の言葉を思い出すんだ。
忌々しいクラスメイトの顔が頭によぎり、腸が煮えくりかえりそうな気分だ。
『怖いんだよー。……留衣さんに、トモ君より在野先輩の方が大切だ、って言われるのが、在野先輩の方が上って言われるのが、怖いんでしょお?トモ君ってへたれー』
黙れ。ふざけるな。そんなはずない。
そんなことはありえない。あってはいけない!
どう考えても僕の方が兄さんより優秀で、選ばれたエリートで―――勝利者のはずなんだ。
僕より兄さんの方が上だなんて―――そんなこと、考えられない。考え、たくない!
留衣さんに聞けないのは―――兄さんは関係なくて、留衣さんを困らせてしまうかもしれないから、それだけだ。
心優しい留衣さんが兄貴を悪く言えないだけだと分かっているから―――だから、だから。


そう、だから。
兄さんがいつだって友人に囲まれて楽しそうなのは、兄さんの周りには兄さんと同じレベルの馬鹿な人間しかいないからだ。
兄さんが彼女と一緒にいるのは、無理やり彼女を連れまわしているからだ。
僕に親しい人間がいないのは、僕が友人と呼ぶに値するだけの価値のある人間に会ったことがいまだかつてないからで。
僕が彼女の隣にいられないのは―――ただ、僕がたった一年生まれるのが遅かったから、それだけなのだ。


だから。
これは、違うんだ。
兄さんの方が、僕より『しあわせ』だなんて。
兄さんが『勝って』いて僕が『負けて』いるわけじゃ、ないんだ。
そんなこと―――あっちゃ、いけないんだよ。

「……」
結局、僕はその背中に声をかけることができなかった。
いまさら彼女を引きとめるのも悪いと思ったからだ。それ以外の理由なんてない。
こんな朝っぱらから家に二人で何をするつもりなんだろう―――そう考えて浮かんだ卑猥な妄想を全身全霊で振り払った。あの兄に限ってそんなことはありえない。あってはならない。彼女に対する冒涜だ。

「……はあ……」
同時に、溜息が洩れる。
彼女の美しさに見惚れたという理由ばかりではないのはよく分かっていた。
やっぱりだ。
兄さんのことを考えると―――何もかもがおかしくなる。
僕の調子も、彼女も、この言葉にならない感情も。
どれもこれも、兄さんが落ちこぼれだからだ。
だからこれは、嫉妬なんかじゃない。
対抗心でもない。そんな―――子供じみた感情じゃない。
なら何なのか、と言われてもうまく説明できないのだが、それだけはありえない。
エリートで、選ばれた秀才であるはずの僕が兄に対してそんな、『対等の』感情を抱いているなんて、馬鹿なことは。

……とにかく、だ。早く学校に行こう。
そうしなければ、早起きした意味がない。頭は痛むが―――ここでとどまっているわけにもいかない。勉強をすれば少しは落ち着くはずだ。
予習を進め、誰よりも優秀な成績を収めること。学生の本分だろう。