小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Loveself プロローグ~弟編~

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 


『私にも兄弟が欲しかった』
時々聞こえてくる、そんな他愛もない会話。
主に兄弟姉妹のいない人間がつぶやくそれは―――兄弟姉妹がいる人間からすればただの笑い話だ。
そして、それは僕にとっても同意だった。

曰く、いたって何の役にも立たない。自分の行動を阻害するだけで、兄らしい姉らしい弟らしい妹らしい面などほとんど持ち合わせていない。
僕はただ『目上のものにとりあえず反抗してみました』とでも言い出しかねない馬鹿な同級生とは違い、両親には敬意を抱いている。少々多忙で一年に数度しか家に帰ってこないが、それでも仕事を真面目にこなしている姿は尊敬にすら値する。
我が家は完璧で優秀な家庭であるはずなのだ。
だから、もし僕が誰かに『家族を取り換えられるなら誰を取り換えるか』と聞かれたら、僕は迷わず答えるだろう。


―――あまりにも出来の悪い兄、と。




「おう、おはようトモ。今日はいつもより早いんだな。低血圧なのに珍しい。体調は大丈夫か?見た感じは平気そうだけどお前体弱いしなあ、あ、そうだ朝ごはんで何か食べたいものとかあるか?とりあえず俺は今から目玉焼きと味噌汁くらいは作ろうと思ってたけど、トモがいるならお前の分もまとめて作るよ」
どうして、いるんだろう。
僕はいつもより早く目覚めて、どこか爽快な気分で一階まで下りてきて―――うんざりした。
今日こそ兄と顔を会わせずに学校に行けると思ったのに―――兄はこんな時まで早起きだ。
朝が訪れると同時にケコケコと騒がしく鳴き叫ぶ鶏と同類だ。そうでなければ、こんなに騒がしいはずがない。
「……」
兄さんは朝からいつものテンションで、俺に笑顔で話しかけてくる。
その顔を見るだけで、朝から気分が憂鬱になる。ぴきり、と頬が引きつる感覚がある。
思えば僕は、機嫌の悪い兄や落ち込んだ兄の姿を見たことがなかった。なんて能天気なんだろうか、兄さんは。兄さんだから仕方ないのかもしれないが。
「あ、ってもさすがに本格的なものは無理だけどな?イタリア料理がいいとか中華がいいとかそういうのは勘弁してくれよ。いやできることはできるよ?だけどもう時間もないし、俺そんなの作ってたら遅刻しちゃうし!ん、でも待て、パスタくらいならいけるか?よし、多分麺類くらいなら何とかなるから言ってもらって―――」
「いらない」
僕の口から吐き出されたのは、冷たい言葉。
一蹴し、兄さんに冷ややかな視線を向ける。
「いつもいらないって、言ってるだろ」
兄さんは、ちっとも学習しない。
僕は兄さんの作ったものなど食べたくなどないと拒絶しているのに―――それでも毎日僕にわざわざ『それ』を聞いてくる。
別にぼけているという訳ではなく、単に確認を取りたいだけだろうが―――苛立つ。
僕が兄さんとかかわりあいを持ちたがっていないことくらい分かるだろうに。
もう、兄さんと会話を交わすことさえ―――僕は嫌だと言うのに。
「……行ってくる」
突き放すようにそれだけ言って、リビングを出る。後ろから兄さんがそうか気をつけろよ、最近不審者が出てるらしいからな、男だから安全なんて言いきれないぞ、などと訳の分からないことを口にしていたが、全て無視して、玄関を出た。
どうせ―――兄さんの言葉なんて、くだらない戯言なんだから。
そこに意味なんてない。価値もない。ただの、馬鹿なゴミみたいなものなのだ。



僕の兄さん―――水口在野(みなぐち・ありや)―――には、一つも誇れるところがない。
少なくとも僕―――水口在朝(ありとも)―――は、そう思っている。
常に騒がしく空気も読めず、成績も悪い。格好だってだらしないし、頭だって馬鹿みたいに茶色に染めている。学校でもふざけては先生に叱られている。弟として恥ずかしい。弟だと認めるのすら本当は屈辱だ。
したくないことはしようともせず、休みの日にすることと言えばゲームをするかテレビをみるか友人とカラオケで馬鹿騒ぎするかしかない。
下品な話や何の意味もなく面白くもない話ばかりをし、自分にとっても周囲にとっても真に有益な行動を起こそうともしない。
紛れもない、僕の理想の人間像とはかけ離れた駄目人間だ。
優秀な成績を収め、素行も極めて真面目、そこらの駄目な大人よりよほど洞察力も常識もあると自負している僕より劣っていることは確定的に明らかなのだ。

だから、僕が兄さんのやることなすこと全てが気に障るようになったのは、必然だったのだろう。
兄として誇れるどころか―――弟に及ぶことすらできない落ちこぼれの兄、どうしてそこに憧憬を感じることができるだろうか。
それとも、弟として兄に自分の見本であってほしいと思うことが間違っているとでも言うのだろうか?そんなことは決して言いきることはできないはずだ。
たいていどの家庭でも―――弟が兄を見て育つのは必然だろう?
そう、僕は兄さんに期待し、失望した。
昔はそれなりに仲が良かったはずなのに、中学生になるころには気づいたら僕はこうなっていた。
昔の僕は気付いていなかったんだ、兄さんが駄目人間なのだということに。
はっきりとそのことが分かった今、僕の兄さんへのこの態度も極めて当然のことだと言えるだろう。





外に出て、学校へと向かうため歩き出す。
兄さんのことなんてもう、考えないようにする。
太陽が照りつけ、鬱陶しい。
―――太陽は、嫌いだった。
僕を『侮辱しているかのように』、上から真っすぐに降ってくるから。
できるだけそれを見ないようにしながら、少しばかり進んだところで、
「……っ」
くらり、と眩暈がした。突然日に当たったからか、それとも低血圧が原因か。
思わず頭を右手で抑える。
さすがに倒れこむと言うことはないが―――それでも、あまり体調がよくないのは事実だった。
……くそ、何だって言うんだ。
体が強いほうではない僕にはこの程度の頭痛などよくあることなのだが、いつまで経ってもなかなか慣れない。慣れたくもないが。
時には試験中までこの偏頭痛に悩まされるので、忌々しいことこの上ない。
だってあのときだってこれのせいで―――
「……」
舌打ちする。いやなことを思い出してしまった。
こんな状況だからこそ―――あの、僕の人生の『汚点』を、思い返してしまう。
僕が、高校受験に失敗したあの時のことを。

いまだに忘れられない。忘れられるはずもない。
僕にはこの上ないほどに屈辱的なことだったのだ。
まさかA判定が出ていた有名エリート高校に落ちて、兄さん『なんか』と同じ高校に通うことになるなんて―――
全てを体調のせいにするつもりはないが、少なくともあれの半分は体調のせいだった。残り半分は―――ただの運だろう。実力不足などでは断じてない。そもそも兄さんの高校、(今は僕の高校でもあるが)は、本来僕が満足できるレベルではないのだ。
僕はもっと、もっと優秀な実力者なのだ。
だから、気に入らない。
いくら僕が授業料全額免除の特待生でも―――非常に不愉快だ。
僕が、兄さんと『同じ位置』にいるということが。
学校が同じということは、世間的に僕と兄さんは同じレベルにしか思われない。それが僕のプライドをひどく傷つける。