看護師の不思議な体験談 其の十
時間を置き、もう一度Sさんの部屋へ戻った。
Sさんとも思い出を話しながら、娘さんと一緒にSさんの体をきれいに整えていった。高齢のためと、食事をまともにとれなかったため、やせ細った体。骨と皮だけ。
先ほどのSさんの言葉を思い出し、娘さんに尋ねてみた。
「ああ、猫ね。看護婦さん、病院に黒い猫いるでしょ。あの猫によくエサあげてたんです、うちのお母さん。」
「なるほど」
「お医者さんに怒られるからって、母は内緒にしてたんですけどね。」
ついクスリと笑ってしまう。
「自分の力で立ち上がれなくなってからも、窓から自分のご飯を投げ落として、猫が来るのを楽しみにしてて。看護婦さん、ごめんなさいね。」
「いいえ、きっと、猫との交流が生き甲斐だったんですね。」
「すごくかわいがってて。つらい化学療法もあの猫に会いたいから頑張ったんですよ。でも、最期の言葉が私のことよりも、『猫』って…。もう、お母さんは…。」
娘さんが涙を浮かべながらも、笑っていた。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十 作家名:柊 恵二