看護師の不思議な体験談 其の十
家族だけの時間を持っていただくため、一旦部屋を退室し、その間に処置の準備をする。その頃、廊下で産婦の母親が涙を流しながら、同僚と話をしているのを見かけた。
「本当にありがとうございました!元気に産まれてくれて…安心しました!」
「おめでとうございます!お母様も長い時間頑張られましたね!」
遠くで同僚の声。
廊下をこちらに向かって歩いてくる、産婦の母親。
自分の頬を軽く叩いて気合いを入れる。
「おめでとうございます。お疲れ様でしたね、ご家族もこれでゆっくり休めますね。」
「ああ、ありがとうございます!お世話になりました!」
歓喜の涙。
(やっぱり、重なったか…)
(今、私はちゃんと笑えていただろうか…)
一度鏡で自分の顔を確認し、分娩室へ入る。
今産んだばかりの我が子を胸に抱く母親の姿。出産と同時に母親の顔つきになるんだと、私は思っている。
微笑みながら新しい命を大切に抱き、その母子を温かく見守る父親の姿。おそるおそる児の頭をなでている。
いつも見慣れている出産の場面なのに、胸がしめつけられてしょうがなかった。
(命って何だろう…)
(今亡くなった患者様の命はどこに行ったんだろう)
(今ここに在る新しい命は、いったいどっから来たんだろう)
自然と涙があふれる。
「おめでとうございます。頑張られましたね。」
震える声で声をかけた。
「ありがとうございます!」
両親ともに、幸せそうな笑顔。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十 作家名:柊 恵二