看護師の不思議な体験談 其の十
白衣に着替え病棟へ上がると、胎児の心音を聞く分娩監視装置の『ドッ、ドッ、ドッ』という音や、心電図モニターの『ピーン、ピーン』というアラーム音が聞こえてきた。
準夜スタッフから引継ぎ、深夜勤務が開始となる。お亡くなりになりそうな患者様が1名、分娩進行中の産婦様が1名おられた。
病棟はチーム編成されているのだが、夜勤帯は特にチーム同士の協力が必要になってくる。自分の患者様のことだけを知っていればいいということではない。互いのチームの情報を照らし合わせ、業務内容の配分を考える。
「こりゃー、どっちも明け方だね」
「重なりそうだね…」
分娩の進行状況と、ターミナル(終末期)の患者様の状態から見て、分娩と死亡宣告は重なりそうだった。
「じゃあ、それぞれ今のうちにでき仕事は片付けときましょう。」
各自、仕事に取り掛かった。
分娩は後輩の助産師にまかせた。同僚には軽症患者様を多めに。私は終末期の患者様を中心に受け持ち、まずはその患者様のいる個室へ入った。
終末期独特の臭いと空気。89歳、女性患者Sさん。60歳の一人娘がここ数日泊り込みで付き添って、最期の時を見守っている。
「Sさん、夜の受け持ちが杉川になりますね。」
「あー、ううー。」
返事かどうかは分からない患者様本人のかすれ声。
娘さんが立ち上がり、軽く頭を下げる。
「本日の受け持ちは杉川になりますので、よろしくお願いします。」
娘さんに向かって再度あいさつ。
Sさんは、長期の入院のため、私たちはつい家族のような気持ちさえ抱いてしまう。冷静な判断ができなくなるため、それではいけないのだが、もし自分の家族だったらと考えるとつい感情的になってしまう。看護師として、まだまだ未熟なのだろうか。
終末期の看護は、何年看護師経験してもどれが正解か分からない。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十 作家名:柊 恵二