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正しいとんかつのあり方

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「皆さんはとんかつにかけるのは、とんかつソースですか!?それともウスターソース!?この二つの集団は意見が真っ二つに分かれてケンカをしているんです!その名も『とんかつ派』と『ウスター派』!私たちはこの二つの集団のボスにインタビューしてきました!それがこちら!」
 また画面が切り替わる。そこには大きなソファに深々と腰を下ろしている七瀬が映っていた。なぜかサングラスもかけている。その風貌はちょっとしたホストのようだった。
「まずね、とんかつの上にウスターって考えがナンセンスなんだ。とんかつだよ?あのしっかりしたとんかつをおいしくするのになんでウスターソースなワケ?は、笑っちゃうよね」
 七瀬はサングラスを取った。
「皆も当然、とんかつ派だよね?」
 続いてウスター派、木村のインタビューである。木村はさっきの七瀬とは違い、少し頼りない、言い換えれば細い、というか、いわゆる折りたたみ式の椅子に座らされていた。一応深々と腰はかけている。だが背が変に伸びておかしな格好に見える。
「だいたいね、我々昭和世代はウスターソースに馴染んでんの!カレーにだってウスターかけんでしょうが!何?ウスターなんて見なくなった?馬鹿言ってんじゃあないよ!ウスターソースは充分に魅力的なの!」
 この放送以降であった。そう。見てくれのいい男はブレイクする。若い女性、そして主婦層に七瀬ブームが起きたのだ。

 彼女たちはテレビに夢中になっていた。テレビの中では七瀬率いるとんかつ派のメンバー五人が歌にダンスにと派手派手しい活躍をみせていた。
 通称『とんかつアイドル』。そう呼ばれた彼らは芸能界で引っ張りだこになっていた。
 悔しいのは七瀬の敵、木村率いるウスター派である。とんかつ派の活躍があまりに華々しいので、ウスター派の存在は徐々に影が薄くなっていった。
「ちくしょう!なんでとんかつ派ばかりいい目を見るんだ!俺たちだってちゃんと存在しているのにっ!」
 木村はウスター派が集まる事務所の机を拳で叩いた。その肩に隣に座っていた木村の上司、部長笹野がやんわりと手を置いた。
「しょうがないよ、キムさん。俺たちだって頑張ったじゃない。でも報われない結果になっちゃったんだから、これがそろそろの限界なんじゃない?」
 木村が顔を上げた。
「部長。ということは、ウスター派は……」
「そうだよ、もう……」
 その時、事務所の扉が突然開いた。そこにいたのはとんかつ派片岡だった。
「誰だ!?あ、お前は!!」
 片岡は張り上げた声で言った。
「突然失礼します。僕はとんかつ派の片岡と言います。係長、部長、無礼をお許しください」
 木村はやかんのように沸騰した。
「お前、会社では何も言ってなかったが、とんかつ派だったのか!許さねえ!とっちめてやる!!」
「まあまあまあ」
 その興奮を部長笹野が制した。
「君は私たちの優秀な部下だ。とんかつ派とはいえ、何かワケがあって来たのだろう」
「はい、その通りです」
 片岡はうなずき、ゆっくりと口を開いた。
「木村係長。僕はずっと疑問に思っていました。係長はなぜ『とんかつにかけるのはとんかつソースだ』と言っただけの七瀬を突然クビにしてしまったのですか?」
 ざわと周りがざわついた。皆は理由を知っているのか、知らないのか。
「解散、と言う前にそのワケを聞かせてください」
 木村は小声で言った。
「別に僕はウスターソースしか認めたくないだけで……」
「係長!」
 ハッとした木村はしばらく固まっていたが、その後がくりとうなだれた。そして観念したようにぽつりぽつりと背後にあった事情を語りだした。
「僕は、『ウスターソースみたいだね』って言われたんだよ……」
「え」
 片岡の頭にクエスチョンマークが灯る。
「ウスターソースみたい、と言いますと……」
 木村は続けた。
「僕の家にはとんかつソースとウスターソースがあるんだ。そのウスターソースは僕だけが使っていて、家内と息子はとんかつソースを使っている。だからウスターソースがなかなか減らないんだ」
 片岡はまだ分からない。
「ある日、僕が残業で遅く帰った日だった。家内と息子は先にとんかつを食べていた。家内は後から席に着いた僕にウスターソースを出してくれた。そして言ったんだ。『お父さんの人気のなさは、このウスターソースとおんなじね』って……」
「それは……」
 すると隣の笹野も語りだした。
「その話を聞いてね、他人事ではないと思ったんだよ。それは僕の話でもあるからね。七瀬君が今回の事をネットに載せたように、キムさんもこの話を中年向けホームページに載せたんだ。そしたら同志が集まって来ちゃってね。ははは。まあ、我々昭和世代は特にウスターソースを好んでいたってのもあるけどね……」
 木村は片岡に苦笑いをした。
「七瀬君が僕の息子に見えちゃったんだ。うちの家内は息子にかまってばっかりだったから……」
「そう……でしたか……」
 一同は沈黙した。暗い空気が事務所の中に漂った。その時である。片岡が口を開いた。
「その話、テレビ局に話してみませんか?」
「え?」
 ウスター派はまたもや片岡に注目したのである。

 カメラが回った。インタビューが始まった。
「ウスター派代表の木村さん、今回の騒動の発端はあなただということですが、そもそも何が原因だったのですか?」
 木村は語った。先日片岡に話したことを。自分を見てほしかったことを。悲しかったことを。お父さんは頑張っているということを。それは家族のためだということを。
 でも木村は泣かなかった。当たり前だ。男は人前でおいそれと泣くものではない。それでも木村が泣きたかったのは充分すぎるほど伝わってきた。ずっと寂しかったことが伝わってきた。
 インタビュアーが言った。
「木村さん、テレビの前の皆さんに一言お願いします」
 木村はこわばった顔でカメラを見つめた。そして悲しくにかっとはにかんだ。
「皆さん、ウスターソース好きですか~?」
 この放送を境に状況は変わった。

「親父、これ渡せなかった物なんだけど」
 木村が家のリビングで夕刊を読んでいる時、息子の雄介がやってきた。手には綺麗に包装された小さな箱を持っている。
「なんだこれ」
「だからあ」
 雄介はぐいと押し付けてきた。
「この間、なんのためにとんかつだったか分かんねーの?親父の誕生日だったからだろ。それで俺ら十二時まで待ってたんじゃん。それでも帰ってこねーから先に食べてたんだよ」
「あ」
 すっかり忘れていた。仕事ばっかりで忘れていた。そうだ。あの日は自分の誕生日だった。
「で、一緒に食べれなかったから、母さんが怒ってあんな風に言ったんだよ。いつもは母さん『ソースぐらい自分で取ってきて』ってけっこうひどいこと言うけど、あの日はちゃんと出してくれただろ。あれでも一応、愛情表現だと思うんだけど俺は。気づかなかったわけ?」
「あ……。あ、すまん」
 雄介は頭を掻いた。顔も背ける。
「まあ、俺らも悪かったよ。親父の気持ちに気がつかなくて。で!まあ遅くなったけど、俺らから『誕生日おめでとう』ってことで。言っとくけど母さん怒ってしばらく口聞いてくれないよ?テレビであんなこと言ったから」