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正しいとんかつのあり方

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これはもはや戦争である。
 現在、国内の意見は真っ二つに分断されていた。
 そう。
 正しいとんかつのあり方についてである。
 とんかつの上にかけるのは、やはり「とんかつソース」なのか?
 それとも「ウスターソース」なのか?
 醜い争いは始まったばかりである。

 これは、とある社員が言った一言が原因であった。
「僕らガゴメは、とんかつソースとウスターソースの両方を作っていますけど、とんかつにかけるのは当然とんかつソースっすよねえ~」
 若い社員の一言であった。茶髪だった。ちょっとロン毛だった。それがいけなかった。係長木村はその一言を聞き逃さなかった。
「ちょっと待ちたまえ、七瀬君。聞きずてならないな。なんだって?とんかつの上にかけるのは『当然とんかつソースっすよねえ~』だって?」
「え?」
 七瀬、振り向く。しかし時はすでに遅かった。
「クビだあーーーー!!」
「ええーーーーーー!?」
 とっさのことで思わず反応してしまったが、七瀬は気づいた。『係長は冗談を言ったのだ』。七瀬は茶髪だからそう思った。
「もう、驚かさないでくださいよ~。いきなりクビだなんて、このご時世きつすぎる冗談っすよ~」
 七瀬は笑っていた。係長木村も笑っていた。そしてこう言った。
「クビ。とんかつの上にかけるのはとんかつソースではない。正しくはウスターソースなのだよ。だからウスターソースの存在を軽視するやつは、クビ。明日から君の給料は出ない。リストラ。はい、リーストラッ、リーストラッ」
「……………」
 そう。こうしてこの戦争は始まったのである。

 とんかつの上にかけるのは「とんかつソース」なのか?それとも「ウスターソース」なのか?
 あの凄惨な事件の一部始終を見ていた片岡は思った。やはりとんかつソースであろう。だってまず名前が『とんかつソース』ではないか。だから僕はきっとこっちのほうが正しいんだろうと自分なりに判断していた。
 という話は置いといて~。
 片岡は心で叫んだ。
「係長!なんでそんなくだらないことで七瀬をクビにしたんですか!?なんか恨みでもあったんですか!?」
 しかし片岡はガゴメの新入社員であり、七瀬の友人でもある。そんな身分の片岡は木村に疑問をぶつけることはできなかった。自分もまたクビにされるのではないか?そんな不安がよぎったからだ。
 じゃあ部長にでも聞いてもらおうかと思ったが、それが出来なかったのである。係長以上のクラスの上司はなぜか『ウスター派木村』のほうについてしまったのだ。
 だから片岡は友人である七瀬に同情し、そして自分の意見でもある『とんかつ派』に属することになった。

 この事件は意外な広がりをみせた。今の若者らしく、七瀬はその日に早速ネットに今回のことを書き込んだのである。
「皆さん、とんかつの上にかけるのはとんかつソースだと思いますか?それともウスターソースですか?俺は当然のごとく、とんかつソースだと思います!しかしそれを言った瞬間、『ウスターソースに決まってんだろ、馬鹿野郎!』というチンケな上司に会社をクビにされてしまいました。冗談じゃないんです、本当にクビになっちゃったんです!皆さんはどう思いますか?とんかつには絶対とんかつソースですよねえっ!!」
 これに対して予想外の数の反応が寄せられた。それは普段、人々が口にしない小さなこだわりだった。
「とんかつにはとんかつソースでしょ。決まってんじゃん、そのおっさんバカ?」
「私もとんかつソースです。ウスターソースじゃ台無しです」
「お前たち、ウスターソースを見下しているだろう!ウスターソースの力をなめるんじゃない!!」
 その書き込みを見ていた片岡は思った。
「なんで誰も七瀬がそんなことでクビにされたかにふれないんだろう。まあ他人のことなんてどうでもいいってことか」
 しかしそれはともかく、と片岡はパソコンを見つめた。
「こりゃあえらい数の書き込みだぞ。ちょっとした騒ぎになろうとしてるんじゃないか?」
 そして片岡のこの予感は当たったのである。

 某日午後、七瀬率いる『とんかつ派』は広場で集会を開いていた。この集会に集まったのはなんと五千人。ほんとになんでそんな広がりをみせちゃったの、というほどの人数である。広場からは人があふれていた。
 しかしこの集会はこれだけが全員ではなかった。
「私も行きたかったです。今日仕事なんで残念です」という人や「遠いから行けません。でもとんかつ派を応援してます」という書き込みが多数あったのだ。
 片岡はこの場に来ていた。事の成り行きを知りたいがためである。どうなるんだこの騒ぎ、という思いである。
 そんな中、七瀬はマイクを持って演説をした。
「とんかつの上にかけるのは当然!!当たり前!!絶対にとんかつソースである!!ウスターソースという奴は皆殺しだあー!!みんなー、とんかつソースかけてるかー!?」
「おおーーー!!」
 とんかつ派、唸る。雄たけびあげる。すさまじい勢いであった。片岡はせっかくここまで盛り上がっているんなら、と五千人に紛れて拳を上げた。

 一方、対するウスター派はというと。
 木村は意を決したように言った。
 某日午後、木村率いる『ウスター派』は、『とんかつ派』の集まる広場の近所の公園で集会を開いていた。今、すぐそこでとんかつ派が「おおー!!」と言ったばかりだった。
 木村は集まった三百人のウスター集団に拡声器で大声を張り上げた。
「皆さん、ウスターかけてますかー!?とんかつにかけるのはウスターソースが一番なんだー!!とんかつソースがなんだー!!ウスターをなめんなー!!」
「そうだーーー!!」
 三百人は大いに賛同した。そして。
「あそこに馬鹿なとんかつ派がいるぞー!!皆で叫ぼうじゃないかー!!」
 そう言った瞬間、ウスター派はとんかつ派に向かって吼え始めた。
「とんかつソースがなんだー!!」
「ウスターソースはすごいんだー!!」
 それを察知したとんかつ派はウスター派に近づいてきた。とんかつ派ウスター派、一時睨み合いとなる。
 そんな中、片岡はある事に気がついた。
「そういえば、ウスター派には中年オヤジしかいないな。待てよ。こっちもそうだ。こっちには若い奴らしかいない。どういうことだ?」
 激しい罵声を浴びせ合う両者は火花を散らし合っていた。なのでその音には誰もが気づかなかった。
 上空に一台のヘリが飛んでいたのである。

「皆さん、こんにちは。お昼のワイドショーの時間です。さあ森村さん、今日は面白いニュースがあるようですねえ~」
 小綺麗に化粧をした女性アナウンサーは、隣に立っているワイドショーリポーターにバトンタッチした。
「はいっ、そうなんですっ!今、世間はとっても面白いことになっているんですねっ!それはこちらっ!」
 画面が切り替わった。そこには先日の両派の睨み合いのシーンが映し出されていた。そう、あのヘリである。