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無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~

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Episode.3 異物



お腹がいっぱいになって満足したのか、それともお酒を飲んで気分が上昇しているのかは知らないが、やはり無理強いというのはよくないことだ。と、鬨は歩きながら現実逃避ぎみに考える。その肩には自分よりも(若干)でかい男の、腕が預けられている。
というより、凭れかかられている、と言った方がいいかもしれない。

「なぁっ!なんで飲ンじゃいけねーンだよ!いぃだろ一杯ぐらい!」

黙れ酔っぱらい。

・・・・そもそもの始まりはほんの5分ほど前だ。・・いや、10分だったか?
まぁ、そんなところだ。というかそんなことはどうでもいい。なぜこうなっているのかということを、説明しなくてはなるまい。



数分前―――――



「おい、いい加減やめとけよ」
「だーい丈夫だって!」
(見るからに大丈夫じゃないんだが)
「大将、いい年して若い子を困らてんじゃないよ」

おかみさんにそう言われ、むっとなったようにヴェクサがそちらに顔を向ける。

「おっさんとはなんだ、おっさんとは。俺はまだ25だ、おっさんではない!」

年齢が判明した。
あと、誰もそんなことは言っていない。

「そう、それは悪かったね三十路手前。口調変わってるわよ、三十路手前」
「あ、このヤロウ気にしていることをはっきりと!しかも2回!」



―――――と、まぁ、そういうことだ。

「いや、それ説明になってねーよ!」
「なんだ、人の回想にけち付けてんじゃねぇよ酔っ払い」
「・・・お前、口悪くなってねぇ?」

ほっとけこれが素だ。

「ンまぁ、懐いてくれていると思うとするか」
「せめて警戒を解くと言え」

話がずれたが、ヴェクサが足元がふらつくまで酔っ払った原因はおかみさんにある。どうやら、遠回しな「おっさん」扱いが気に障ったようで、あれからやけ酒を飲み始めたのである。
元々、「差し入れだ」と言って住民からもらった酒やらを大量に飲んでいたのもあって、こうなってしまうのに時間はかからなかった。

「あら、からないすぎたかしらねぇ・・・」

なんておかみさんが言う頃にはこうなってしまっていたのだから、手の打ちようがない。
そして、その結果がこれである。

「悪いけど、大将を家まで連れて行ってあげて」

そんな無責任な。
こんな酔っ払いほおっておけばいい。そうは思ったのだが、これからお世話になるおかみさんの頼みを断るわけにもいかず・・・と、いうわけで宿の女将さんにこの男の家のありかを聞いたのだ。しかし・・・

(こんなことなら宿の部屋にしとけばよかった・・・)

まさかここまでこの町が広いと思わなかった。
自分の方向感覚はいい方だと自負していた鬨は、軽く眩暈を覚えた。どうやら思っていたより複雑で、広い街のようだった。
そもそも、ほんの数時間ほど前にこの街、「ミアチェ」にやってきたのだ。まだこの街の地図でさえ見ていない状態では、この街は複雑すぎた。唯一道を聞ける人物は鬨の肩で酔いつぶれている。先ほどから黙っていると思ったら、寝ていた。
どおりで肩が痛いはずだ。足も引きずっている状態なのだから、物凄く体力を消耗する。
それに、さっきから同じような道でいやになってきた。適等に歩いていたら裏路地の様な所に入ってしまった。面倒臭くなってきて、もういっそこのままここに捨てておくか、なんてことを考えた時だった。


背後にとてつもない悪寒を感じた。


瞬間的な、戦慄。

一瞬のうちに振り返る。それと同時に、ほとんど反射的に、腰に掛けた刀を引き抜き、
「それ」へ向けた。と、そこから流れるようにヴェクサを抱えて後ろへ飛んだ。
「それ」が切りつけてくるのが見えたからだ。
腕がしびれていた。
「それ」が切りつけてきたのを、防いだからだ。
鬨は、わけのわからない感情に侵されていた。
「それ」の、

形がなかったからだ。

どろり、と黒いなにかが「それ」から垂れて、ぼたり、と石畳に落ちた。
「それ」はその石畳から生えるようにそこにいた。
その「それ」の体からは、先ほど切りつけてきた得物が、突き刺さったかのように生えていた。それが、ずぶずぶと「それ」のからだに「仕舞われて」いく。

「なんだよ、これ・・・・」

声が、震えていた。
腹から這いあがってくる、嘔吐感。
気持ち悪かった。
「それ」人の形をしていなかった。
犬の形もしていなかった。猫も違う蛇も違う兎も違う魚も違う違う違う違う違う違う
「それ」は、何者ともわからなかった。
すべての生物と繋がっていなくて、すべての生物と違っていた。
「それ」は、いうならば泥の様な物の塊だったが、これと比べれば、泥の方が数百倍、数万倍、ましだった。
言い表せなかった。
鬨は、「それ」を、言い表せる言葉を知らなかった。
鬨でなくても、今、鬨の肩で酔いつぶれているヴェクサでも、この世界の王でも、この世界をつくった神でも、それは同様だっただろう。
いや、神なら言い表せただろうか。
「それ」は、気持ち悪かった。嘔吐感がした。嗚咽が上がりそうだった。息がうまく出来なくなった。目に涙が滲みそうだった。握った剣を落としそうだった。足にうまく力が入らなくなった。ヴェクサを落としそうだった。しゃがみこんでしまいそうだった。気絶してしまいそうだった。


此処から逃げ出したかった。


そう思った瞬間、後ろを振り返りもせず、走った。
走って、走って走って走って走って走って走って走って走って走って、走りまくった。
息がうまくできなくて、普段はめったに切れない息が切れたが、そんなことは今問題ではない。
気持ち悪いのを、我慢した。嗚咽が上がりそうになるのを我慢した。目に涙が出そうなのを振り切った。握った剣を落とさない様に元々白い手が、白くなるまで握った。足に必死に力を入れて、ヴェクサを落とさない様に腕に力を入れた。意識が遠のきそうになるのを、必死で引き戻した。