無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~
Episode.20 崩落
作業は大詰めまで進んでいた。
後、もう少しでこの作業も終わる。自分の、命と共に。
あちこちで電源を切られた水槽から悲鳴のような音が上がっていた。
無理矢理電源を切ったのだ。まさかこんな音を発するとは思っていなかったが、所詮人に成りきれなかった失敗作と言うことだろう。
・・・・自分と同じ、「失敗作」だ。
「・・・鬨が知ったら、どうすっかなぁ・・・」
ははは、と乾いた笑いが漏れる。
たったの二日。
鬨と一緒にいたのは、それよりさらに少ない数十時間。
それでも、あの生命に満ち溢れた瞳は俺に希望を与えてくれた。
友人の様なやり取りは、いい思い出になった。
初めてだった。酒を一緒に飲んだのも(鬨は飲まなかったけど)、一緒に買い物したのも、他人が作った飯を食ったのも、人に心配をしたのも、ぜんぶ。
最後に会ったのが、あいつでよかった。
おかげで、いい思いで死ぬことができる。
あいつは、俺の事どう思うんだろう。勝手に死んだと怒るかもしれない。
いや、それより興味無いとか言って、この街を出て行くかな・・・。
まぁ、もうどうだっていいんだけどな。
作業が終わる。
直後に大きな揺れが起こった。立っているのが難しく、機材に凭れて座り込んだ。
これが、この地下にある最後にして最悪の罠。
この研究室の電源を切れば、逃げることもできずに下敷きになって死ぬ。
同時に、この研究は無かったことになる。
そして、研究者たちが俺に残してくれた遺産でもある。
「死ねない」俺に残された、唯一の「死ねる」手段。それが自分が生み出されたこの地下の罠とは、実に皮肉なことだ。
でも、これでいい。
これでやっと、終わることができる。
崩れ落ちた天上の壁が、「失敗作」の入っていた水槽のうえに降って、分厚いガラスを割った。運良く潰されなかったそいつが、本能なのか、俺の方に襲いかかろうとしてくる。
しかし、生まれたばかりのそいつの動きは速いとは言えず、こちらにたどり着く前に落ちて来た瓦礫の下敷きになった。
そんな様子を冷たい目で淡々と眺めていたヴェクサは、もうすぐ自分もああなる運命だということを自覚して口を歪めた。それは自嘲めいており、自分を嘲笑っているようだった。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
その時だった。
揺れと瓦礫の崩れる音とは違う、重い音が耳に届き、驚いて音のした方を見た。
「・・・・・っ!?」
「ヴェクサ!!どこに居る!返事しろ!!」
「と、鬨・・・・・!!??」
上ずった声が出た。
その声が聞こえたらしく、鬨が此方に走ってくる。
入って来た方を見れば、きちんと閉まっていた、頑丈な扉が破壊されていた。
手に刀を持っているという事は、それで壊したのか。
うそだろ、ミサイルでも耐えるんだぞ、あの扉。
「な、なンで・・・」
「そんなことはいいから早く立て!逃げるぞ!!」
手を差し出してくる鬨は珍しく息を乱している。
おそらく、ここまで来るのにかなりの苦労をしたのだろう。何しろこの揺れだ。
「・・・・・俺は、いい。お前だけで逃げろ」
「はぁ!?」
「ほら、早く行けって。早くしないとお前まで下敷きになるぞ」
今の言葉でこの揺れが俺のせいだとわかってしまっただろうが、今更構わないだろう。
それより、鬨を早く逃がさないといけない。
「今ならまだ隣町に続いてる道が生きてる。お前だけなら助かる」
だから、
「早く、逃げてくれ・・・!」
「断る」
「!?」
その言葉に驚いて顔を上げる。
「お前を連れて行かないと、俺がここに苦労して来た意味がない」
「でも・・・!」
「でもじゃない。とにかく、あんたを連れていくからな」
鬨は強引に俺の手を取ると、勢いよく引っ張って俺を立たせた。
相変わらず、その力はどこから出てるんだ?
「俺は街の外にはでれな・・「それは知ってる」
「・・・・ン?」
「よかったな。あんた、外に出られて」
「いや、だから俺は・・・」
にやり、とこの場に似合わぬ笑みを見せた鬨に、ヴェクサは訳が分からず狼狽する。
そういえば、鬨の笑顔を見るのはこれが初めてかもしれない。
そんなことを考えてしまうほどには。
「行くぞ」
「あ、おい?!鬨!」
ぐい、と引っ張られ、無理矢理走らされる。
後ろで、さっきまで座っていたところが崩れるのが見えた。
作品名:無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~ 作家名:渡鳥