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無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~

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Episode.18 思い



心臓が、どくり、と跳ねる。
これは、見てはいけないと。知ってはいけない、と、頭の中で警鐘が鳴る。
それでも、体は石のように動かなかった。
ただ、その写真を凝視する。
完全に、頭の中が真っ白になっていた。

ちがう。
固まってどうする。動け。

「・・・・っ」

震える手で恐る恐る最初のページを開く。


『この日記を目にしたものへ』


一番に、その文字が目に入ってきた。
几帳面な字で、その下に文章が続いている。

『まことに勝手なことだとは思うが、もしこの日記を手にしたものに知識があるのなら、どうか私の最後の願いを聞いてほしい。
この日記には、ある「実験体」の記録と、私の研究のすべてを記しておいた。
この日記を参考に、その「実験体」を完全なものにしてやって欲しい。
その子は、完全体にならない限りこの街から出ることができない。
そして、本当に勝手だとは思うが、その子に出来る限りたくさんの世界を見せてあげてほしい。
私の勝手な願いに無理矢理付き合えとは言わない。
だが、出来ることまででいい。どうかあの子を救ってあげてほしい。

その実験体の名前は―――・・・』

そこまで目を通して、鬨は眩暈を覚えた。
どうか、この予想が勘違いであってほしい。

『その実験体の名前は、「ヴェクサ・フォン・アズライト」。――――私の、「息子」だ』

最後に、この日記を書いた本人だろう。「アスタナ・フォン・アズライト」という署名が書いてあった。

あまりにも勝手だ。勝手すぎる。
願いをかなえてやる気分にもならない。

そう思うのに、なぜか手は次のページをめくる。
なぜか、目はその内容を一文字さえ逃すまいとその日記を凝視するのだ。
まったく、嫌になる。うんざりだ。

なんであの男はこんなに世話のかかるやつなんだ。




―――――――――――――――――――――*――――――――――――――――――――――




鬨を置いて、一人研究室に無事辿り着いたヴェクサが一番にした事は、研究室の電源をすべて切ることだった。
今までは研究のために、と我慢していたが、もう限界だという事はヴェクサ本人がよくわかっていた。

自分のために人が犠牲になるのには、もう疲れた。

もういいだろう。「あの人」は俺のためによく頑張ってくれた。だが、もういいんだ。
一生この街から出られなくとも構わない。
もうすぐ死ぬ運命だったとしても、それはそれで構わない。俺はよく生きた。生きすぎた。

ヴェクサの手は軽快に動く。
ばつん、ばつん、とあちこちから電気が遮断される音が響いた。

一時間以内にこの作業を済ませなければ、鬨が来てしまう。
その前にこの作業を終わらせなければ、鬨までが巻き添えをくらうことになる。
急がなければ。
あいつを巻き添えにだけはしたくない。

そう考えるヴェクサの顔は、ただ無表情だった。
「無表情」という言葉が、ぴったりと綺麗にはまるほど、表情が無い。
ただ淡々と作業をこなしていくその姿は、ただ決められたことをこなすだけの機械の様だった。

「研究室」の電源は、切った事がない。
あの人から、絶対に切るな、と言われていた。
だが、ここの電源を切ることで、ここが「どうなるか」は知っていた。
だから、なおさら作業を急がなければいけないのだ。

ここが崩れ落ちるその前に。

無言でただその作業を行うヴェクサの目には、その無表情に似つかぬ強い光が宿っていた。