無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~
大量にある本の中からめぼしいものを探し当てるのは、なかなかに大変な作業だった。
30分ほどを使って、ようやく10冊余りが見つけられた程度だ。
しかし、ざっと目を通して見たところでは、欲しい情報は載っていなかった。
そうして探しているうちに、いつのまにか書庫の奥まで来てしまっていた。
そろそろ戻らなければ、約束の時間に間に合わない。
そう思い、踵を返そうとした時だった。
一番奥にある本棚に、何か違和感を感じた。
不思議に思い、その本棚へ近づく。
「これは・・・」
思わず、言葉を失った。
本棚には、本当によく気をつけて視ないと見えないような魔法の「膜」が張られていたのだ。
ちなみに、今の技術でそんなことは出来ない。
それはつまり、この時代のものではない、「誰か」が施したことになる。
この街がそんなに昔から存在していたことには驚きだが、なにしろ地下がすべてあんな状態の街だ。あまり驚くことでもないかもしれない。世界には、もっと昔から存在している街だってある。
鬨は試しにその本棚に張ってある膜に触ってみる。
何か起こるかと思ったが、何も起こらない。手に痛みが走るわけでもない。
しかし、本にさわれない。それどころか手がすり抜けるように本棚の向こうに通ってしまった。
これで、何もないと思う方がおかしいだろう。
鬨は迷うことなくその本棚の中に入っていく。
向こうにすり抜けるかもしれないと思ったが、そうはならなかった。
見の無い部屋が、目の前に広がっていた。
「は・・・?」
部屋は明るく、先ほどまで居た古く薄暗い部屋とは大違いだ。
おまけに、この間出来ました、と言われても疑わないだろうというような綺麗な部屋だった。
部屋の形は丸く、その周りは本棚で埋め尽くされており、高い天井までぎっちりと本が並べられている。
軽くパニックに陥りながらも、とにかく部屋を見回してみた。
すると、すぐに「それ」に気がつけた。
その部屋のちょうど真ん中に、木製の譜面台の様なものが置いてあったのだ。
その上に何かが置かれている。
何かと思って近づいてみると、一冊の本だ。
本と言っても、今まで読んでいた歴史書や、古文書の類ではなく、何かの記録、または日記の様なもののようだ。表紙は茶色く劣化していて、タイトルを読むことも出来ない。何処かカビ臭いにおいもしている。表紙の埃を払ってみれば、ぶわっ、と舞った埃が喉に入り、思わずせき込んだ。
真新しい本ばかりが並ぶこの部屋で、そこだけが異様な存在感を放っているように感じる。
「・・・・・・」
とにかく読んでみないことには何もわからない。
と、よくわからないまま、それを手に取る。
しかし、本を手に取った途端に、ひどい浮遊感に襲われた。
「・・・・っ!?」
周りの本棚が、黒い影に浸食されていく。
いや、ちがう。消えているのか?
自分が立っている床も消え、落ちていく感覚に、意識が遠のく。
何がどうなっているのかわからず、瞑ってしまっていた目を開けた時、
鬨は元居た薄暗い書庫に立っていた。
目の前にあの本棚は無く、代わりに手の中にはあの部屋で手に取った古い本があった。
作品名:無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~ 作家名:渡鳥