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無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~

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Episode.9 朝市



「おい、もう少しゆっくり・・・」
「鬨、これとかどうだよ?」
「・・・・・・・・・・・」

消耗した様子で、深い溜息を吐いた後に鬨が近づいてくるのを店の店長が哀れげに見ていた。

「兄ちゃん、大丈夫かい?」
「あぁ・・・なんとかな・・・・」
「おいおい大将、客人に無理させてどうするんだよ。もっとペース落としてやんなって」
「ン?なんだ、そんなにハードだったか?」
「そりゃあ、大将にしてみりゃあへっちゃらでも、一般人にしてみればきついだろうよ。なにしろこの広い市場の中をひたすら走りまわってるのと同じようなもんだからなぁ・・・でも、兄ちゃんみたいにここまでついてきてんのを見たのは初めてだ。兄ちゃん、あんた見かけによらずつわものだねぇ」
「あぁ、そりゃあそうだろ。こいつ俺より体力あるぜ?」
「えぇ?でも疲れて・・・」
「疲れているのは・・・精神的に、だ・・・・」

ヴェクサに聞こえない声でそう言った鬨に、店主がますます渋い顔をする。

「兄ちゃん、これ持って行きな」

そう言って、売り物であるリンゴを一つ鬨の手に握らせた。

「・・・さんきゅ」
「いいってことよ」

そうして店主と秘密の会話をしている間に、またほかの店へ走って行こうとするヴェクサを追いかけ、その首根っこを捕まえてその場にとどまらせる。
自分より上背があり、その上抵抗までしている男を軽々とその場に引きとめている鬨を見て、先ほどの店の店主が目を向いたのは言うまでもない。・・・その本人の目にはもう店主は映っていなかったが。

「ちょっと落ち着け」
「いいじゃねぇか。折角来たンだ、一緒にこのあたりを見ようぜ。・・・今度はお前に合わせてやるから」
「・・・・・そうだな、お前がちゃんと落ち着くならな」
「よし、決まりな。どの店から見る?」
「だから、そう焦るなよ。歩きながら決めればいいだろ」

「そうか?」と言って、先に歩きだした鬨にヴェクサが追いつき、隣に並ぶ。
しばらく歩けば、少しずつ周りの感じが変わっていくことに気がついた。

「この辺はさっきの辺りと雰囲気が違うんだな」
「あぁ、売ってるものが違うからな。この辺は主に装飾品やら武器ってとこだろ」
「へぇ・・・ん?」

何となく視線を巡らせたその先にあったのは、こじんまりとしたテントだった。
テントというのは周りの店と変わりなかったが、あまりにも小さくて、ヴェクサの様な勢いで店を回っていては気がつかずに通り過ぎていただろう。
折角だからと近づいていけば、その店の店主らしき人がこちらに気づいて顔を上げる。
なかなか豪快そうな白髪の髭面をした老人が、こちらを威嚇するようにじろりと見る。
頑固そうな人だな、と鬨はその視線からそう思っただけだったが、ヴェクサは眉間にしわを寄せた。
おそらく、こちらを値踏みするような目が気になったのだろう。

「この箱の中身を見てもいいか?」
「・・・好きにしろ」

不機嫌そうな老人の声に、ますますヴェクサが眉を寄せる。
しかし、鬨の言葉に興味をひかれたのか、何も言わずに自分もならべられている商品を見下ろした。そこで、疑問に思ったことがある。

「なンで商品を箱の中に入れてンだ?」
「・・・・・箱の中に入れないとこの人混みの中じゃ土ぼこりを被る。商品が商品なもんでね、埃がかぶれば汚れる、削れる。そうなったら、本来の輝きなんてあったもんじゃねぇ」
「・・・・・なるほど、同感だ」

その老人の言葉に、今度は鬨が同意の言葉を述べた。箱の中身は繊細なガラスでできたガラス細工だった。鳥をモチーフにされており、蒼い羽から先ほどの青い鳥だと判断する。
同意をもらえたことになぜか驚いている老人は、鬨に興味を示したように身を少し乗り出した。

「お前さん、この町のもんじゃねぇだろ?名は?」
「・・・人に名乗らせる時は自分から名乗れ。常識だろ?」
「!・・・・くっ、はっはっはっはっ!!」

驚いたあと、すぐに大声で笑いだした老人に、後ろに居たヴェクサと近くに居た人々が驚く。
――鬨はいつもの表情だったが・・・・―――

「それは失礼した!わしゃぁ鍛冶屋をやってるグラインだ!で、名は?」
「鬨だ」
「そうか、鬨か。その腰にひっさげてるもんが壊れた時はわしのとこへこい。そこらの青二才よりはいい修理を約束する」
「まぁ、考えとく」

思案するような仕草を見せた鬨は、またガラス細工に目を落とす。

「これはあんたが?」
「そうだ。仕事の合間にな。なかなかのもんだろ?」
「あぁ、よくできてる」

そういってガラス細工を空にかざす鬨のアメジスト色の瞳には、ガラスの反射した光が映って、こちらもガラス細工のように輝いていた。それを正面から見下ろすような格好で見ていたヴェクサが、ヘタをすればガラスよりもきれいかもしれないその輝きに、思わず見惚れる。ヴェクサがこちらをじっと見ていることに気がついた鬨が、ヴェクサも物ガラス細工が気になるのかと勘違いをして、ガラス細工をよけてその目で今度はヴェクサを見る。

「なんだ、お前は見ないのか」
「ン!?あ、あぁ、そうだな。ンじゃあちょっと見てみるか」
「お・・・?なんだ、誰かに似てると思ったら、ヴェクサ坊じゃねぇか」
「そうだが・・・どっかであったか?」
「馬鹿野郎、会って無くともこの街の領主を知らないわけがないだろう」
「あぁ、そういやそうか」
「・・・・馬鹿だな」
「鬨、お前さりげなくひでぇ!」

そんなやり取りをしながらも、鬨は黙々と箱を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。そんな鬨を見て、ようやくヴェクサもその横にしゃがむとひときわ小さい箱を一つ手に取った。
その箱の中身は、指輪だった。
箱同様に、中には上質であろうクッションのようなものが敷いてある。
さらにその指輪の信じられないところは、すべてがガラスで出来ているという事であるだろう。主役である真ん中に施された飾りも同一だ。
この街でよく見る青い鳥をモチーフにしているのだろう。その飾りには青い羽がまん中から突き出してくるようにしてデザインされている。
不思議なことに、その中心部分は濃いような薄いような澄んだ緑色が見え隠れしていた。

「これは・・・?」
「あぁ、重しだ」
「重し?」
「そう、本なんかを読むときにな、ページが変わらない様においておくもんだ」

「へぇ」と感心した声を出すと、まじまじとそれを見つめる鬨。
その華奢とも言える白く長い指は、しかし、剣を持つ者の手をしていた。
その指に壊れないよう、丁寧に持たれた、やはり青い鳥をモデルとしたガラス細工が、太陽の光にあたっていっそう輝きを放つ。
隣でされたそんなやり取りに、ヴェクサは現実に引き戻されたような感覚に陥る。
その感覚に、この指輪に見とれていたのだと気づいた。

「これをもらえるか?」
「あぁ、いいとも」
「それからこれも」
「じゃ、全部で3000ベルだ」

それなりの値段にヴェクサが目を瞠るが、鬨はなんでもないという風に懐からその分の金を出した。

「今度は店のほうに来てみるといい。武器なんかも取り揃えてるぞ」
「あぁ、考えておく」

二つの小ぶりな箱を自分の道具入れにしまった鬨は、そう言ってさっさと歩きだす。