Lv1 (仮)
第二章 消失
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
客引きの声が聞こえる。
「天族と妖精族の混血娘だよ!」
カーテンが取られ、銀の檻が姿を現した。
その中にいたのは、見る角度によって色を変えるクリスタルのような髪をした少女だった。
開かれた瞳は髪と同じような色で、とても奇麗なのに、生気が感じられなかった。
「さぁ、まずは80000Gからだ!」
金額が告げられ、集まった者たちが次々に手を挙げ、互いにそれよりも高い金額を言い合った。
その中で、とんでもない金額を言った青年がいた。
「50000000Gで、俺が買おう」
金髪のその青年は、少女を受け取ったかと思うと、音速までいくのではという速さで走り去った。
残されたのは、少なくなった客と、金を受け取ろうとした体勢のまま唖然と固まる商人。
それと、
「んな金、持ってねーよーッ!」
いつ言ったのか分からない青年の捨て台詞だった。
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私の周りには、いつもだれもいなかった。
ただ、遠巻きに眺める者たちは軽蔑、嫌悪、同情、哀れみのこもった視線を向け、すぐに逸らす。
けれど、そんなものは何てことなかった。
だって、それは生まれた時からそうだったから、もう、慣れている。
私は、今日も独りだった。
私たちの暮らすところは、人間族の暮らすところよりも樹木が生い茂り、暑い暑い太陽を遮ってくれている。
だから、人間族はいつも暑そうだなぁ、って思う。
人間族がそう感じているかは、私にはわからないけれど。
その人間族の町を、私は丘の上から見下ろしていた。
この丘は私たちの森や村、町などと人間族の町を隔てている場所で、森を抜けたところにあるから、樹木とかはなくて開けている。
私と同じくらいの皆は、まだ危険だから行くなって言われているのだが、私は言われたことがない。
だって、はっきりとは言わなくても、種族の恥である私は、死んだ方がいい邪魔者だから。
今はもう夜の帳はおりて、空には星が輝き、人間族の町の灯りが遠くにぼんやりと見える。
森の静寂とは違い、風によって運ばれてくる人間族の喧騒なんかは、とても新鮮でいいものだった。
そして、その風も肌を撫でていく感じがとても心地いい。
こうしていると、どこか別の世界の中に入っていったような錯覚になり、ふと、嫌なことも忘れられる。
私が天族の長の息子と妖精族の長の娘の間に生まれた、許されることのない混血だということも。
こうして風にあたっていると、傷が癒されていくような気はするが、結局、次の朝になればまた、ひどくなっている。
(人間族は、こんなことに悩むなんてしないのかな…)
赤、橙、黄、色とりどりの灯りが煌く町を見ながら、そんなことを考えてみる。
けれど、答えはわからなかった。
私にとっては自分の種族のことさえもあまり知らないのに、人間族のことなんかもっとわからなかった。
ヒュウッと、少し湿気を含んだ冷たい風が吹き始めた。
空の星たちは瞬き、流れてきた雲に隠れまいとしているようだった。
やがて、雲はさっきまで晴れていたはずの夜空を覆い隠し、星たちを見えなくした。
ああ、雨がふるのかな、と思った時には、小さな一滴が腕に落ちた。
そして、また一つ、また一つと零れる雨粒は、頬を濡らしていたものだった。
いつの間に、と思う間にも雫――涙はとめどなく流れ、顔をくちゃくちゃにした。
いつからかはわからないけれど、雨も降り始めて、どれが涙でどれが雨粒なのかをわからなくしてくれた。
それでも、こんなに泣いたのは初めてだった。
「ぅ……ん…」
太陽の位置からして、時間はお昼くらい。
私はまだ、布団の中でうとうとしていた。
頭が痛くて、体はとてもだるいし、さっきからクシャミとかが、
「へっ…へきしっ! ……うぅ」
出まくっていた。
多分、風邪だった。
昨晩、雨に濡れたまま、適当に寝てしまったのが原因だと思う。
(だ、だるいけど、何か…食べなきゃ)
ぐぅ~っとお腹が鳴って、かなり空腹なのだが、調子が悪く、立つのさえ億劫だった。
何とか立って、棚から出した蜂蜜漬けのリンゴ一つを食べやすい大きさに切り、ためておいたいろいろな果実から絞った甘酸っぱい果汁に砂糖を加えた飲み物を持って、机に置く。
小さく「大地の恵みに感謝します。…いただきます」といった後、リンゴに手を伸ばす。
…切った大きさがバラバラだった。うぅ、食べづらい。
次に、果汁の入ったコップを手にして、飲む。…吹いた。
(うわぁ…、砂糖と塩、間違えちゃった…)
ちなみに、蜂蜜リンゴは、作ってからかなりの時間が経っていて、あの後、お腹が痛くなったりした。
さんざんな昼食(朝食も込)をとった後、だるい体を無理矢理起こし、外に出る。
出ると、とたんに周りの者たちの様子が変わるのがわかった。
辺りを見回すと、皆、顔を背けたりして視線を合わせまいとしていた。
悲しくはならない。もう、慣れている。
こんな様だから、私が独り暮らしで風邪を引いたと知っていても、誰一人気にかけてくれる者はいない。
辛くはならない。もう、鳴れている。
そんなことより、今辛いのは、この頭痛だった。
(あ、頭が…割れ、る…!)
だるいのは、一度立ってしまえばそんなに気にならなかったが、動いたことによって頭痛はより一層ひどくなった。
それでも、いつもの丘へ向かおうと、足を踏み出す。
空は、昨晩の雨などなかったかのように晴れ渡っている。
…私は、その雨のせいでこんな状態になってしまったというのに、何て無責任なんだろう。