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つるさんのひとこえ 4月編 其の二

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 「心配おかけしました。もう大丈夫」
 朝会った時には全く稼働しなかった膝だが、今はちゃんと動く。何度か大げさに屈伸してみせる。
 「よかた。えと、わたし、キミのなまえ、知りたい」
 そういえばまだ自己紹介してなかったっけ。朝会ったときはそれどころじゃなかったし。
 「僕の名前は、犬島夕貴で、一年生です。よろしく」
 一対一だと緊張せずに自己紹介できるんだよな。
 「わかた。えと、ゆきね。わたしはアナスタシア・イヴァナブナです。ロシアのウラジオストクから、きました。にほんごのべんきょのためです。よろしくおねがいます」
 「そういうことか。つまりナスチャは留学生で、日本語の勉強のためにこの学校へきた、と」
 「はい。そです。だから、ともだち、なてくださいね」
 もちろんですとも。手を差し伸べられたときにありもしないことを考えてしまってごめんなさい。肩を貸してもらったときに全神経をわき腹の少し上あたりに集中させてしまって本当にごめんなさい。こんなやつでよろしければ仲良くしてください。
 「あんた達、いつまでいちゃこいてんのよ。犬島君、だっけ?今日からクラスメイトなんだから学校の中案内してやったら?どうせ今から授業に出ても欠席扱いは覆らないんだからさ」
 「まあ、いいですけど――って僕と同じクラスなんですか?そんなの初耳ですよ!」
 「そりゃそうでしょ。今朝の臨時全校集会で発表されたんだから。あんたがここから出て行くときに呼び止めたのに無視なんかするからよ。これに懲りたら今度から人の話は最後までちゃんと聞きなさい」
 それで教室に誰もいなかったのか。人類が僕たちを残して滅亡してしまったわけじゃなくて本当によかった。というか今朝のはあなたにも責任があると思いますよ!あれだけ言葉責めされれば誰だって逃げるように出て行きますって。大事なことなら次からはちゃんと聞きますけど。
 「分かりましたよ。それじゃあナスチャ、行こっか?」
 「あ、はい。ちょと待てください。」
 真新しい教科書や参考書の入った紙袋をベッドの側から、今朝僕の座っていたパイプ椅子へと移動させ、準備は整ったようだ。
 「お待たせ、しました。それじゃ、しゅぱつ」
 えっと、どうしてそこで手を出す?握れ、ということか?ロシアでは普通なのかもしれないがここは日本だ。校内で手を繋いでいる男女を目撃されたとしたら、本人達にその意志が無いとしても周りからすればその二人はもうカップルなのだ。だからその手は握れない。いくら少し困ったような上目遣いで首を傾げられてもダメなものはダメなのだ。
 「だめ、ですか?」
 ――ダメ、なのか?幸運なことに今は授業中で、終了まで四十分近くある。授業をしている教室付近を避けて案内すれば見つかることはないんじゃないか。いくらここは日本だからと言っても女の子の誘いを無碍に断るのは日本男児としていかがなものか。こんな可愛い女の子に手を差し出されて断る奴なんてこの世に存在するのだろうか。
 「全然そんなことないよ。さ、行こう」
 握った!握りましたよ!生まれて初めて女の子と手繋いで歩いてるよ、僕!手は汗で湿っぽくなってないよな?朝握られたときは気付かなかったけど、女の子って何でこんなに柔らかいんだ?ヤバい。色々思い出したらまた鼻から血が出そうだ。落ち着け、落ち着くんだ。
 「ね、ゆき、手、いたい」
 「あっ――、ごめん」
 落ち着こうと意識するあまり、手に力が入ってしまっていたようだ。思わず手を離した。
 「気にしない。あ、つぎここ」
 離れてしまった手は僕の肘より少し上、二の腕に着地した。
 「ここなら、いたい、ない」
 本当に何なんだ?ゲームの中だけだと思っていたことが、今、現実に起こっている。はにかんだ女の子、それも人形のように可愛い子が僕のブレザーを掴んで一緒に歩いている。いつの間にか僕はゲームの世界に迷い込んでしまったとでもいうのだろうか。
 「おや?そこにいるのは犬島君ではないか」
 いきなり聞こえた覚えのある声で一瞬にして現実の世界に戻されてしまった。ゆっくりと振り返る。
 「え、あ、はい。あの、どうして部長がここに?」
 思ったよりも近い。やっぱり、見られてたよな。まだブレザーを掴んだ手はそのままだし。誤解されるのだけはゴメンだ。って、今は授業中のはずじゃ?
 「今日の灌仏会の準備をしていたのだ。我々年間行事部部員は部活のためなら授業は特例として公欠扱いになるからな。ちょうどいい。昼間の逢い引きついでに手伝っていくか?」
 そんな特例聞いたことがないです。そして、残念ですけどお手伝いはちょっと無理そうです。何しろ学校案内の最中ですから。決して逢い引きなんかじゃないですよ。ブレザーだけを掴んでいたはずの手が僕の二の腕を握っていたとしても。
 「えと、はじめまして。アナスタシアです。いまは、ゆきに学この中、教えてもらてます。あの、かんぶつえて、なんですか?」
 「君は確か、今朝の全校集会で紹介されていた留学生か?私は年間行事部部長の鶴瀬だ。気になるなら今日の放課後、礼法室に来るといい。日本の文化に触れる、いい機会になると思うぞ」
 「いいですか?わたし、すごく、うれしいです」
 言葉通り、本当に嬉しいのだろう。部長が現れたときには強張っていたように見えた顔に満面の笑みが貼り付いている。
 「それより、こんな時間から準備って――。一体どんな準備をしてるんですか?」
 「いや、なに。思っていたよりも礼法室の扉が小さくてな。今は窓を取り外して像をクレーンで吊り上げているところだ」
 像?クレーン?吊り上げ?鰐木田先輩の説明だと、お釈迦様のお誕生会をやるんじゃなかったのか?昨日のサブマシンガンといい今日のクレーンといい、僕の想像していた高校生活とは大きくかけ離れすぎている。普通に勉強して普通に家に帰る。学校ってそういうものじゃないのか。どうすれば学校生活に銃器や重機が介入する状況が生まれるんだ。
 初めて部長に声をかけられたときに薄々感じてはいたが、年間行事部、そうとうヤバい部活なんじゃ――。
 「何を呆けているのだ、犬島君。学校案内の途中ではなかったのか?」
 「あ、はい。すいません。それじゃ僕たちは失礼しますね」
 一瞥して学校案内に戻ろうとした、そのとき。
 「おい、待ちたまえ」
 さっきの般若からの忠告。人の話は最後まで聞くこと。
 「は、はい、何ですか?」
 「この時間、屋上へ続く階段と第二体育館の用具庫にはまず人はいない。それでは健闘を祈る」
 人のいない場所を教えて何をさせようというのだ。ナニをさせようというのか。そんな意味深な言葉だけを残して行かないでくださいよ。ナスチャは何のことだか分かっちゃいないだろうから大丈夫だとは思うのだけど。
 「用具庫、おくじょ、いきたいです。いわゆる、エロゲぽいんと、ですね」
 ちょっと待て。コイツ今、聞き捨てならない単語を口にしたぞ。
 「えっと、何だって?」
 「用具庫、おくじょ、いきたいです。いわゆる、エロゲぽいんと、ですね。いかない、ですか?」