看護師の不思議な体験談 其の九
後輩に言われた大部屋へ入ると、ある患者様が荷物をまとめている。
(えー…、勘弁して)
そう思いながら患者様に声をかけた。
「あの、○○さん、どうされました?」
その女性患者様は、ものすごい形相でぐるりと振り返った。
「ここはいやだ、帰る!」
(あぁ、やっぱり…)
荷物をまとめている様子から、多少覚悟はしていたけど、面と向かって怒りをぶちまけられると、結構キツイ。
スタッフの対応で何かトラブルがあったのかと思い、こういう時はとりあえず低姿勢が基本。『病院』だって、人対人の仕事ですから。
「大変申し訳ありません。できれば、理由を伺いたいのですが…」
そう尋ねると、今度は患者様はウワンウワンと声をあげて泣き出した。
「もう無理、我慢してたけど。ここにはもうおられん!」
とりあえず座ってもらい、背中をさすりながら話を聞いてみた。
話し始めるまでにしばらく沈黙があったのだが、その沈黙の間、個人的にずっと気になることがあった。
(この患者様のシャツ、すごいんだけど)
クーラー対策か薄手の長袖のシャツを羽織っており、気になるのはその下に着ているTシャツが…。なんていうか…。
(『お経』…かな?)
うっすら透けて見えるのだが、小さな文字がびっしりとシャツに書かれている。たぶん、おそらく…手書きで。
(『耳無し芳一』ってこんな話じゃなかったっけ?)
そう考えていると、患者様がようやく口を開いた。
話を聞くと、患者様の独特の雰囲気にのまれてしまい、立ち上がれなくなってしまった。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の九 作家名:柊 恵二