ココロノオト
人は孤独を求める、という話
「泣いてるの?」
やさしく問う声が妙にいらだって、背を向けた。
「……泣いてなんかいない」
明らかに強がりだと分かる嘘。でも泣きたくないのも事実だった。自分ばっかり余裕がなくて腹が立つ。だから、認めてなんかやらない。
沈黙が落ちる。キンと静まり返った空間に、外から聞こえる音が薄くぼんやりとしていた。少なくとも僕には。
「………ねぇ───見てよほら、空が」
「かまわないでよ。僕なんか置いて、先に行けばいいじゃないか」
「どうしてそんなこと言うの」
「うるさいよ! いいよべつに。じゃあ僕がきみを置いてくよ。邪魔なんだ」
勢いに任せて言ってはいけない言葉まで吐いたことを、僕はきみが目をみはるまで気づかなかった。
「邪魔、なんだ?」
傷ついた声を出した、と気づいたときには遅すぎた。でも言ってしまった言葉は取り消せない。しかたがないんだと無意識に思ってぞっとした。
(僕はいつもそう思っていたんだ)
友達だなんて、そんな身勝手な思いですぐに喪う。分かっていたはずなのに、いつの間にか依存していたのは僕だった。
そんなことにいまさら気づくなんて!
「僕ははじめからひとりだった。……だれもかれも、信じてなんかいないんだ。だから僕が泣くなんてこと、あるわけないよ」
そんなのは嘘だけれど。その証拠に、僕の胸はきりきりと痛みを訴えていたけれど。でもきみといるのがつらくて苦しいから、僕はもうきみのそばにはいたくないんだ。だからたとえじわりと熱いなにかが目頭を覆っていたって、それをこぼす真似はしない。多分、絶対。
くるりと背を向けた僕に、きみは小さく息を吐いた。
「………いいよ。好きにすればいいよ」
疲れた声が、傷ついていたのかあきれていたのか、僕にはもうよく分からない。でも僕に失望したはずだった。
(捨てられた、わけじゃない。僕が捨てた)
喪ってもなお、捨てられない強がり。違う、僕自身のなけなしのプライド(意地)なのかもしれない。ひ、と喉が鳴る。肩がふるえそうになるのを必死になって押さえた。きみはそれを知っていたのか、それともさっさと背を向けてしまったのか、先に目を逸らしてしまった僕には見えなかった。
「───空が、蒼いよ。………その下では、人はひとりじゃいられないんだよ」
諦めた声音で、悲しそうな響きを含んできみが言った。声がくぐもって聞こえたのは遠かったせいだ。僕がぎゅっと目を瞑っていたせいじゃない。
小さく、きみが息を吐いたのが聞こえた。それがきみを近くに感じた最後だった。最後まで僕をなじることなく、ただ静かにやさしく寄り添おうとしてくれた。でもそんなきみを、僕はどうしようもなく傷つけたかったんだ。僕のような身勝手な矛盾した感情を持たないきみを。どうにかして汚したかった。
(そばにいちゃいけないよ。僕はきみを絶対傷つける。傷つけて、殺すんだ───)
そばにいちゃいけない、なんて偽善だ。僕は僕を嗤った。そんな綺麗な感情なんて僕にはない。
「は──、はは………空が蒼いなんて当たり前だよ。その空の下に人がたくさんいることだってね………でも僕はひとりだ。だれも要らないんだから」
乱暴に袖で目をこすり、渇いた嗤いをくりかえす。泣いてなんかいない。そんなのは僕がゆるさない。
背を向けていた、きみがいた場所をふりかえる。当然きみの姿があるわけもなく、ただ空虚がそびえたっている。落胆と、安堵と、哀しみと、いらだちが一気にどっと押し寄せてごちゃまぜになる。
「……泣いてなんかいない。僕はひとりを望んだんだから」
空を見上げて呟いた言葉は、髪を揺らす風に攫われて消えていった。