Juno は きっと微笑んだ
おかしな関西弁を聞きながら
「なんや、あんさんらでしたんか・・表の自転車は・・」
「こんにちわ、ステファンさん」
直美の声にあわせて俺も一緒に頭をさげた。
「あんさんらも、お茶よばれにきましたんか・・3時ですよって・・」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど・・」
「ま、一緒にお茶よばれさせてもらうわ」
言い終わると、前の1人がけのソファーにどっかりと巨漢をおろしていた。
「はぃ、どうぞ」
叔母がステファンさんに紅茶を差し出していた。
「劉ちゃんはステファンさんに御用で来たみたいですよ、ちょうど良かったわね、劉ちゃん・・」
叔母がクッキーを神父に勧めながら俺のほうを見ながらだった。
「なんでっしゃろ・・神さんに頼みでっか・・それとも、わてにですやろか・・」
「神父さんにお願いなのかなぁ・・でも、後で、教会で聞いてもらったほうがいいかな・・せっかく息抜きに来たんでしょうから・・ここに」
「ま、恋のお悩みならここでも聞きまっせ・・苦手やけどな・・」
あいも変わらずおかしな関西弁の外人さんだった。
「教会も行きたいんで、ステファンさんの休憩が終わったら、ご一緒にいきますから・・そこで・・」
「そうでっか・・なら・・あとで聞きますよって・・クッキーでも頂きましょ・・かわいいでんなぁ、今日も・・」
神父は猫のおたまを抱えて大きな手で頭をなでていた。
叔母の家の猫はすっかり神父さんになついているようだった。
「ステファンさん 猫好きですよねぇ」
直美がうれしそうな顔をしているおたまの頭をなでながらだった。
「直美さん、わてな昔から、猫好きやから飼いたいんやけど、教会で飼ってしもたら、わんさか教会に捨て猫持ってきますやろ・・それは、かなわんよってなぁ・・我慢しとりますのや・・捨て猫されたらどうにもかわいそうで全部引き取ってしまいそうやから・・わて」
「それは、困っちゃいますね・・」
うれしそうに直美が答えていた。
「それに、真面目な説教中に祭壇の横で寝ながらアクビされたら、かなわんしなぁ」
「困りますから、うちのおたまで我慢してくださいね、ステファンさん」
叔母がにっこり顔で神父さんに言い聞かせていた。
「そやなぁー おたまで我慢やなぁ・・」
ネコの顔を強引に自分に向けてうれしそうにだった。
「さて、帰りますかぁ・・ごちそうさんでしたな、聖子さん・・」
「あら、お帰りですか」
「また、遅いと隣から電話かかってきますやろ・・かなわんさかい」
「はぃ、また おいでくださいね、おたまも喜びますから」
直美の足元で丸くなっていたおたまも、うっすら目をあけてそれを聞いているようだった。
「じゃぁ、僕らも一緒に教会いきますから、ご馳走様でした」
「叔母さん おじゃましました」
直美も立ち上がってお辞儀をしていた。
「そう、今度はゆっくり ご飯でも食べに来なさいね・・」
「はぃ、そうします」
「ほな いきましょか・・」
ステファンさんの声で3人で玄関にむかって、叔母の家をあとにだった。
「なんや、難しい話でもありまんのか・・」
自転車を押しながら教会に向かうと直美にステファンさんがだった。
「うーん、結婚式の話なんですけど・・」
「ありゃ、ま、早いでんなぁ・・かまいませんよって、いつですの・・よう、親御さん許しましたなぁ・・わて、明日でもよろしいでっせ」
「あっ ごめんさい わたしじゃないんですけど・・」
またかって顔で直美は笑いそうだった。もちろん聞いてた俺もだった。
「わたしじゃないって・・なんですの・・」
「いや、劉でもわたしでもないってことです」
「なんやー あんさんらとは違いますのか」
「ちがいますよって・・」
変な関西弁で直美がおどけて返事をしていた。
「ま、ええわ、寒いよって入りなはれ」
「はぃ」
2人で笑いながら返事をして、自転車は聖堂の横に停めさせてもらってステファンさんに続いて中にだった。
「やっぱり、ホテルのチャペルなんかより、ここのがいいもんね、麗華さんもここに来たことあるのかしら・・知ってるの劉は・・」
「いやー 知らないけど・・たぶん本かなんかで見たんじゃないのかなぁ・・けっこう有名だもん、綺麗で」
「そうだよねー いいよねーここでって・・」
「うん」
ステンドグラス眺めながらの直美に返事をしていた。
「ここじゃ、寒いですよって、こっちがええわ」
聖堂からドアを開けて部屋に通されていた。広い広間にはいると、若い神父さんに挨拶をされて、また、そこから奥のステファンさんの部屋に案内されるようだった。そこは記憶で、階段を昇って突き当たりのはずだった。
「久しぶりでっしゃろ、あんさん、ここって・・」
ドアを開けながら振り返って言われていた。
小さい時に、静かな声でお説教された部屋のはずだった。
「あんまり、好きじゃないんですけど、ここって・・」
「なんでですの・・よう遊ばせましたがな、ここで」
神父と俺では、どうにも記憶はすれ違いのようだった。
「なに、なんか、あったの・・ここで・・」
小さな声で直美に聞かれていた。
「うん、ここで、なんか、よく難しい話をされた記憶が・・」
「それでかぁ・・イヤだったんだ」
「そりゃあ、イヤでしょ・・意味わかんないんだもん、なんか長い名前ばっかでてくるんだぞ」
笑いをこらえてる直美がおかしかった。
「さ、どうぞ、こっち座りなはれや・・で、どなたはんが結婚しますの」
大きな古い机に似合った革張りの黒い椅子に座ったステファンさんに、布張ソファーを指差されていた。
「知り合いっていうか、友達っていうか、先輩なんですけど・・」
説明がちょっと難しかった。
「あんさんに 頼むぐらいやから、うちの信者さんやないんですわなぁ・・」
「はぃ、もちろん」
「昔っから そういのう堂々といいますなぁ、あんさん」
「そうですかぁ・・」
「全然 かわらんわ、ちっさい時と・・」
「6月にここで結婚式を挙げたいそうなんですけど・・」
「日にちは・・いつですの」
聞きながら机の上の分厚いノートをひろげながらだった。
「10日です」
「あかんなぁ・・その日、埋まってまっせ・・6月やしなぁ・・」
「埋まってますか・・やっぱり・・」
「6月ですよって・・いっぱいですわ、日曜はもう他の日もいっぱいやなぁ・・」
「そうですか・・って 言って帰るのがいいんですかね・・それじゃ 仕方ないですよね・・ってのが 良いんですか、ステファンさん」
「そうやなぁ、いっぱいですよって」
「そうですかぁ・・なんか違うような気がするんですけど・・」
「違いますやろか・・」
「違うような気がするんですけど」
「違うんでっしゃろか・・」
直美が不思議そうに俺とステファンさんの顔を見ているようだった。
「じゃぁ、仕方ないから、また 遊びに来ます。えっと、夜でもいいですか」
ちょっとだけ言葉を選んでだった。
「夜でも朝でもいいですよって、いつでも遊びにきなはれ・・ちったぁ 頭ようなりましたんやな、あんさん・・」
「はぃ、そりゃあ、もう 小さい時に、こことそっくりな部屋で、よーく難しい話聞かされましたから・・」
「難しくって、わからんって顔の子供は知ってますわ、わても・・」
「わかってますのかって顔のおじさんは 俺も知ってます」
作品名:Juno は きっと微笑んだ 作家名:森脇劉生