Juno は きっと微笑んだ
ステファンさんのペース
さすがに20分もすると、聖堂内は寒いし、お茶も飲んじゃったし、やることもなくて退屈になっていた。見られたら困るけど、長い椅子に横になって天井を眺めていた。
「どこかなぁ・・劉ちゃん・・」
隣の部屋から足音と隼人さんの声が、ちいさく聞こえてきていた。
「隣の家って言ってなかった・・」
「そうだっけ・・」
「うん」
あわてて、跳ね起きて隼人さんと麗華さんの声のするほうにだった。
「あ、います、すいません」
扉を開けると目の前に少しびっくりした2人の顔だった。
「おっ 待たせたわ・・」
「いえ、終わりましたか」
「いや、なんかさ、表の庭の柵が壊れてるから、見てくれないかって神父さん言うから・・いま、降りてくると思うんだけど・・」
「柵なんかあったかなぁ・・塀は石ですよ、ここって」
「いや、なんかお墓のまわりの木の柵みたいな・・」
小さなお墓の周りにたしかに、柵があるはずだった。
「それを今から見るんですか・・隼人さんがですか・・ステファンさんもですか・・」
「なんか 話でそういう風になっちゃってさ、ほら 建築屋だろ、俺の家・・直しましょうかって言っちゃったのよ」
「そうですかぁ・・場所はここ出たとこですけど・・」
外に出られるドアを指差していた。
「じゃぁ、先に見てみるかぁ・・暗いかなぁ、外は・・」
ドアのノブに手をかけながらの隼人さんだった。
「はぃ、じゃあ 麗華さんもですか・・お墓ですけど、平気ですか・・」
「大丈夫よ、子供じゃないんだから・・」
麗華さんが隼人さんの後をついて外にでて、その後に俺が続いていた。
「左に歩くと、ありますから」
教会からもれる明かりでなんとか、真っ暗ってわけではなかった。
少し歩くとお墓の前にだった。
「いやー 寒いわなぁ・・見えますやろか・・暗いですよって・・」
後ろから追いかけてきた、ステファンさんの大きな声が響いていた。
「見えますけど・・どのあたりですかね・・」
隼人さんが、麗華さんを連れてぐるっとお墓の周りを歩いていた。
「ここじゃないの・・隼人・・」
「そっかぁ・・ここかぁ・・」
2人の後を追いかけると、たしかに木の柵が少し壊れているようだった。
「ここですか、神父さん・・」
「そや、ここ 壊れてますやろ、あと、ほれ、ここもですわ・・」
「あっ そうですね」
隼人さんとステファンさんが顔を近づけて、そこに麗華さんも顔を近づけてだった。
「どないでっしゃろ、ちょこっと直してもらへんやろか・・隼はん」
「大丈夫ですけど、休みの日でいいですか、もう会社で働いてるんで、ここに来れるのって日曜だけになっちゃうんですけど・・」
隼人さんは卒業が決まって実家の建築会社の仕事をすでにしているようだった。
「もう、いつでもええがな、無理やりに頼んでるんやから・・」
「じゃぁ、今週の日曜にでも・・」
「すんまへんな、変なことたのみまして・・」
「いや、大丈夫ですよ、材料は現場の残り物になっちゃいますけど、いんですよね・・」
「ええがなぁ、金ありませんよって・・」
「はぃ、いいですよ、お金は・・」
話を黙って聞いてたけど、どうやらステファンさんは、お金も払わない約束で修理をお願いしたようだった。
「ほな、すんまへんな・・わて、これから、着替えて出かけますさかい、気いつけて帰りなはれや・・」
「すいませんでした、おじゃましました」
「ありがとうございました」
隼人さんが、綺麗に立ち直して頭を下げて 麗華さんもそれに続いていた。
「じゃぁ、また、ステファンさん、遊びにきますね」
「あんさん、そればっかやな」
頭を下げたら、歩き出したステファンさんに笑われていた。
「どうでしたか、隼人さん・・」
「ん・・本題の話はできなくてさ・・なんだか、 ずーっと世間話になっちゃって・・そろそろって思ったら、出かける用事あるみたいで・・神父さん・・」
「これ直しましょうかって話に途中でなっちゃったのよね・・ねっ 隼人」
麗華さんが笑顔でだった。
「そうそう、ほら、仕事言ったら、大工さんでっか・・って言うから、そんなもんですかねって・・で、これを・・」
手を柵の上に乗せた隼人さんがこっちをみながらだった。
「いいんですか・・隼人さん」
「いいのよ、この人けっこう仕事きちんとできるのよね」
麗華さんが代って俺にだった。
「そうですかぁー いいんですかぁー」
「うん、はっきりお願いできなかったし、これ直しながら じっくり話してお願いするわ・・」
「なんか 変な事になっちゃってすいません」
「いや、なんか面白い人で楽しかったわ、なっ 麗華もだろ・・」
「緊張してたのに 楽しい人で・・でも、やっぱり ダメなのかなぁ・・どうなのかしら・・」
首をかしげた麗華さんに聞かれていた。
「それは、すいませんけど わかんないです・・すいません」
「劉ちゃんが謝らなくていいわよ、ダメで、もともとだもの・・」
口では平気そうだったけど、やっぱり麗華さんは少し気落ちしているようだった。ステファンさんは俺から話を聞いて全部を知ってるんだから、隼人さんが結婚式の話をしなくたって、向こうからきちんと話すればいいのにって思ってた。ただ、はっきり断られていなかったのは救いだった。俺にはもう、その日はダメって言ったくせにだった。でも、少しずつステファンさんの考えがわかってきていた。立派な信者ではなかったけれど頭はすこしよくなっているようだった。
「ま、今日は帰ろうか・・」
隼人さんが元気な声を出していた。
「そうだね、お腹すいちゃったでしょ、劉も・・わたしもだけどね・・」
「はぃ、あっ、ちょっと待ってくださいね」
従兄弟の詩音の墓の前だったのに、挨拶もしていなかったことを思い出していた。
墓の前に座って、お祈りっていうより挨拶だった。元気ですよって簡単なものだった。
「知り合いなの、劉ちゃん・・」
後ろに立っていた麗華さんに聞かれていた。
「同い年の従兄弟なんだけど、死んじゃって・・」
「小さい時だったんだね・・」
十字架にに刻まれた年数を見たようだった。
「この教会でよく一緒に遊んでたんですけどね」
「そうなの・・・」
麗華さんが、手をあわせてくれていた。後ろの隼人さんもだった。
「すいません、時間取らせちゃって・・さっ 帰りましょうか・・こっちからまわると車の所にいけますから・・」
「おっ そうか」
ぐるっとまわれば表にだった。
「あんさーん、表の門閉まってますよって・・今、あけさすわぁー」
大きな声の変な関西弁は2階の窓からだった、もちろんステファンさんだった。
「すいません、お願いします」
「あいよー」
なんだか、笑い顔で、ごきげんそうだった。思ったけれど、きっと2階に戻ってからずーっと窓からこっちを見ていたような気がしていた。
出かけるんじゃないのかよって、少し俺はあきれていた。けっこう、やっかいな神父で、こっちは おかげで大変だった。
笑い顔だったけど、あんさん、変なことしゃべったらあかんでぇーって、くぎを差すって顔だった。
作品名:Juno は きっと微笑んだ 作家名:森脇劉生