雨のち快晴
「お疲れさまです。」
音響側の片づけを終えて、廊下に出ると、拓が壁に寄りかかって待っていた。
「待ってたんだ。」
「はい、一緒に帰りましょ。」
ニコニコと笑って壁から離れる。
「拓と宮さんよく一緒に帰りますよねー。」
「えぇ、拓が煩いんで。」
「涼さん!?」
「帰宅中、何かされたら俺のとこ来てくださいね?」
「私のところでもいいですよ。」
「ありがとう、山本君、寺内さん。ぜひ、そうさせてもらうよ。」
「ちょっと皆してぇ~。」
皆で談笑しながら玄関口に向かう。
「じゃ、失礼します。」
「拓、警察沙汰は勘弁な…。」
「だーかーらぁ!!」
「あはは、さよならー。」
他のスタッフは全員車通勤のため、ここで別れた。
俺達はすぐそこにバス停に行く。俺はバス通勤、拓は電車通勤で、拓は俺の乗るバスが来るまで待ってから、駅に向かう。これは、付き合い始めてからの日常になった。
彼がこのバス停で告白してきたのは、この前の飲み会の帰りだった。最初は信じられなかった。彼は女の子が好きな普通の男だ。この片想いは叶うことも、吐き出すこともないと思っていた。夢だと、思った。だけど、顔を真っ赤にし、手を物凄い力で握って、俺の目をしっかり見て言ってくる彼を見て、これは、現実だと実感した。返事とともに涙を流してしまった俺に、慌てながらも背中をさすってくれたあの手を、未だに忘れない。
『よく考えたら、シュールな、図だよなぁ。』
「涼さん?」
「何?送り狼の拓実くん?」
「だから、違いますってば!!」
もうっと頬を膨らます彼にくすくす笑う。そんな俺に彼は一緒になって笑う。
「そういえば他のスタッフさんは、皆さん車ですね。」
「そうだね。拓は乗らないの?」
確か免許は持っているはずだ。
「車を買うお金が…。」
「ははっ。」
「いいんですぅ。こうやって涼さんと帰れるんだし。」
「バス、まだかな。」
「ちょっと!!…そういえば涼さんは何で車じゃないんですか?」
「車、苦手、なんだ。」
小さな声で呟くように言う。俺の言葉に拓は不思議そうな顔をした。
「涼さん?」
いつの間にか下を向いていた頭を上げると、拓が覗き込んでいる。
「や、嘘嘘。拓と一緒だよ。拓、俺に買って。」
「その前に自分の買う。そんで涼さんを乗せて、ドライブデートする。」
「え、やだ。拓運転下手そう。」
「失礼な!!」
ごめんごめん。と笑顔をつくる。危なかった。うっかり落ち込んでいるところを見せるところだった。見せてはいけない。笑っていなくては。
ぽつんと何か、鼻の頭にあたる。見上げると、空は暗く、雨が降り出していた。朝から頭痛がしていたのはこのせいだったのか。
「あー、降ってきましたね。最近雨よく降りますよね。」
「う、ん…。」
困ったなぁ。と拓は折りたたみ傘を取り出した。彼は意外と用意がいい。みるみるうちに雨粒が増えていく。それに伴って俺の手は震えていく。片手で片手をぎゅっと握って押さえようとした。
「涼さん家バス停から近い方でしたよね?」
「まぁ、わりと。」
「でも家まで行く時濡れません?大丈夫ですか?」
「大丈夫。走ればすぐだし。帰ったらお風呂入って温まるから。」
「そうですか?あ、ね、今から涼さん家行っても良いですか?」
「え…。」
「俺行きたいです。」
どうしよう。今日は、無理だ。雨の日は、いけない。
「え、と。ごめん!!今日ちょっと友達が来るんだよね。だからまた今度!!」
「えー。だって前もダメだったじゃないですか。その前は行きましたけど。」
「次は絶対空けとくから。ね?」
「ぶー。まぁ、分かりました。」
「ごめんね?」
「絶対ですよ!!あ、バス。」
「本当だ、じゃあ、またね。」
「はーい。」
手を振りつつ、バスに乗り込む。俺が座るのを確認した拓は、駅に向かって歩いて行った。
「ごめんね、拓。」
でも、雨の夜には会えない。君だから、会えない。遠くで聞こえた雷に、耳を塞いで、身体を小さくして窓にごつんと頭をぶつけた。
俺がバスに乗る時見せていた拓の表情に全く気づいていなかった。