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ローザリアン

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 隣に住むこの女性には、何かと迷惑をかけている。主に僕の原稿が原因なんだけど。締め切り近くになると僕が家からいなくなるから、デイジーは隣室のアンナさんの所へ必ず尋ねに行くんだ。それも、僕が原稿を出すまで毎日。
「原稿じゃないなら別にいいけど、変なことには巻き込まないでよね」
「すみません」
 厳しい視線に追い立てられて、僕はローザともども自室へ逃げた。
「ごめんね、汚くて」
 僕が言うと、ローザは無言で首を振った。
 ともあれ、あんなに恐れていたのに、僕は再びローザを連れ込んでしまったわけだ。連れ込むって、何もいやらしい意味じゃあないけど。でもこんなこと、続けていたら絶対にまずい。彼女の父親だって、まさかよく知りもしない男の家に娘がいるなんて思いもしないだろう。しかも、二回だ。
 部屋に入りドアを閉める。静かな部屋の中、やはりローザだけが異質だった。
「何かあったんでしょ」
 僕が促すように言っても、ローザは黙りっぱなしだ。
 子供だからこんななのか、それとも女の子だからこんななのか、僕にはわからない。わかるのは、どうすればいいのかわからないってことぐらい。
 とりあえずコップに水を入れて渡した。次に渡すときはジュースだと決めていたのに、僕の目標はあっさりと崩壊してしまった。それでもローザはコップを受け取ってくれた。
僕ができることは終了だ。
他に何も思いつかないんだからしょうがない。僕が小さい頃の母はどうだっただろうと思い返したけど、僕は母に尋ねられる前に自ら不満を訴えるタイプだったので、全く参考にならなかった。なんて役立たずなんだ。昔の僕を殴りたい。
 結局僕は何も出来ず、黙り込んでしまった。

 それから何時間か経った頃、ローザが突然泣き出した。
 僕はもうびっくりして、また、何をしたらいいのかわからなかった。部屋を少しだけ片付けたり、食器を洗ったりしていて、ローザがいるということを忘れかけていた。今は丁度、進まない原稿に手をつけ始めたところだ。ペンを持つ気力は全てローザの涙に吸収された。
「どうしたの!」
「なんでもないの」
 涙を袖でぬぐっている。無理に聞くわけにもいかないし、かといってこのまま放りっぱなしにもできない。
「あの……」
「腕をつかまれたの」
 ローザが自ら話しかけてくれて、このとき僕は本当に助かった。
「腕?」
「びっくりした。私の知らない人だったの。でもその人は私を知っていた」
「つまり?」
「私のパパだっていうの、その人が。おかしいのよ、私のパパは一人きりなのにね。どうしてパパが二人になるの? そんなのありえない。でもね、そしたら、パパっていう人の次に、私のママだっていう人が来た」
「ママ?」
 あまりに出来すぎた話で、僕はローザの言葉を反芻することしかできなかった。なんとなく、先の展開も読める。
「その二人が私を泣きながら抱きしめてくるの。ああローズマリー、今までどこに行っていたの。本当に探したわ、無事でよかった。どこも怪我はない? さあ早く帰りましょう、ってね。こっちが泣きたくなったわ。でもがまんしたの。私、そんなことで泣くような女じゃないもの」
 ぼろぼろと涙をこぼすローザを見ていられなかった。
気がつくと僕は彼女を抱きしめていた。彼女の体は細く、小さく、僕が触れる前から崩れて消えてしまいそうだった。鼻をくすぐる彼女のチョコレートのような甘い香りは、背伸びの香りだ。本当に、ローザは一人の女性としてここに立とうとしているんだ。
「私のパパはひとりだけよ。他は誰もいらない。他の人なんて知らない。どうして知らない人が私のことローズマリーって呼ぶの?」
 ローザが僕の服をぎゅっと握りしめた。
「怖いの、サイモン……私、あの人たちに殺されそうな気がする」
 さすがにそれはないだろうけど、泣きついてくるローザを茶化すことなんてできなかった。僕はもう一度、確かめるようにローザを抱きしめた。
「大丈夫だよローザ。君のパパはもうすぐ帰ってくる。それまでは僕が一緒にいるよ。だから君は殺されない」
 抱きしめている間、僕はずっとローザにそう繰り返した。何度も言葉を重ねるうち、本当にローザを守れるような気がしてくるから不思議だ。僕はおとぎ話のお姫様を守る騎士になろうとしている。
「大丈夫だよ、ローザ」
 少しでも、ローザの不安を取り除くことができるなら。
 それだけで、僕は少し、自分を誇れるような気がした。

 その夜、ローザを家まで送った僕はベッドに寝転んで物語の続きを書いていた。
 思うように進まない文章に僕は頭を抱えて唸る。枕に顔を押し付けても転がりまわっても、言葉が出てこない。本当にこれでいいのか、こんなものでも面白いと感じるだろうかと、不安ばかりが先立つ。
思うままに会話をさせようとしても、紙の上の彼女たちはこれっぽっちも動いてくれなかった。
「間違えたかな」
 呟いた言葉が存外重く僕の心へのしかかった。
 けれど諦められない。僕はどうしても、物語を書ききりたかった。一度手をつけたことは途中で投げ出したくないんだ。
 その時ふと、ローザのことが頭に浮かんだ。ローザも小さいながらに女性だ。参考にしてみるのもいいかもしれない。考えもしなかったことだけれど、今は名案に思えた。
 文中の女性をローザに置き換えて、想像してみる。ローザならどんな会話をするのか。どんな仕草をするのか。どんな服を着るのか。どんなものを食べるのか。
 だんだんと楽しくなってきた僕は、自然とペンを走らせていた。空想の中のローザは笑い、走り、食べ、時には歌いさえする。
 今までにない速度で生まれてくる文章に、僕は嬉しくなった。塀を一つ飛び越えたような気分だ。こんなにスムーズに書けるのは久しぶりかもしれない。
 想像上のローザを、ノートに書きためていった。
 僕は笑っていた。



◇ 帰ってきたのは木曜日

 電話がかかってきたのは突然だった。仕事以外で鳴ることのない電話が締め切りも無い日にその役割を果たすなんて、めったにない。新しい仕事をもらうのは手持ちの仕事が全て終わってから、という決まりが僕とデイジーの間にはあった。どれだけ生活が苦しくとも、締め切り破りの僕にそう沢山まかせられない、というわけだ。デイジーの信用にも関わることだから、僕もこの案には納得している。納得するぐらいなら仕事をきっちりこなせばいいんだけど、それができるなら僕は今こんな生活をしていない。
 とにかく僕は受話器をとった。
「サイモン! サイモンね? 聞いて! パパが帰ってきたの!」
 弾ける声が僕にはとてもまぶしい。昨日のローザとは違った、とても元気な声だ。よかった。パパが帰ってきた、という言葉に僕は少なからず衝撃を受けた。
「おめでとう、ローザ」
「ありがとう! でも私、お誕生日はまだずっと先よ!」
 ころころと笑う声が愛らしい。
「サイモン、私とってもうれしいの。パパが帰ってきて、すぐにサイモンに知らせなきゃって思ったわ、だってもう何週間も待っていたんだから!」
「よかった。今は外から?」
「うん、パパとお買い物!」
作品名:ローザリアン 作家名:ミツバ