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ローザリアン

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 再び僕を呼びながらローザが駆け寄ってくる。心配そうな表情を見て、急に恥ずかしくなってしまった。逆に心配をかけてしまうなんて。
 僕はローザを守りたかったのに。
「ごめんねローザ」
 僕が言うと、ローザは首を横に振った。
「ごめんなさい」
「どうしたの? 謝るのは僕のほうだよ」
「違うの」
 ローザは泣き出しそうな顔をして、手に握っていたものを見せた。僕が買った花だった。踏まれて、花弁が散っている。茎も曲がっていた。
「新しいのを買おう」
 ポケットに手を入れた僕をローザが止めた。
「いいの」
手の中のコインが僅かに音を立てる。
「これがいいの。最初のひとつがいいの。なんでもそうよ、大切なのは最初の一回。パパもママもサイモンも、最初の出会いが大事なの。だからこれでいい」
「でも」
「せっかく買ってもらったお花だもの。でも、こんなにしちゃってごめんなさい。それだけは謝らなくちゃ。それに新しいお花を買ったら、サイモンのお財布が困っちゃうわ」
 最後は笑いながら言ったローザに、僕も折れた。
「じゃあ次の機会にまた、僕に何か買わせてね。僕の気が済まないんだ」
「ありがとうサイモン」
 コインの代わりに手を差し出すと、当たり前のようにローザが手を握ってくれる。そっと触れる手のひらに僕は心が満たされていくのを感じた。まるで昼下がりの光に満ちた窓際のようだった。
「おぉい」
 人ごみの奥から、太った男がこちらに走ってきた。
「あんた、悪かったな」
「は?」
 見覚えのない男をなんとか思い出そうとしたけれど、だめだった。初対面だろうか?
「強盗を捕まえてもらって怪我までさせて、すまんな」
 髭をたっぷりと蓄えた男は、僕に手を差し出した。つかまると、引き上げてくれる。結構な力持ちだった。僕がひ弱なのかもしれない。
「お礼っていうわけじゃないが、気持ちだけでも、な」
「え?」
 何を言いたいのか全くわからないが、男は僕の手をとって強引に何かを握らせた。強盗を捕まえた男たちに声をかけ、そのまま店に戻っていく。どうやら店主だったようだ。
 手を開くと、中には数枚の紙幣があった。
「お小遣いってことかな」
 僕が言うと、
「後ろめたいことがあるのかもしれないわ」
 とローザが言った。警察を呼んでいないみたいだったから、ローザはそう思ったんだろう。原稿のネタになるだろうかと少し考えて、けれど何も浮かばなかった。
デイジーが担当している一流作家達なら、今日の出来事を面白おかしくつづることができるのだろうか。
「とにかく、帰りましょう」
 ローザが言った。
「帰るってどこへ?」
「サイモンの家に。傷の手当てをしなきゃ」
「ごめん、僕の家には消毒薬なんてないよ」
 怪我なんてそうそうするものでもないから、僕はそういうものは一つも持っていなかった。放っておけば治るものが大半だったし、必要性が感じられない。それよりも食事のほうが、僕の健康にとって重要だ。
 ローザは僕の言葉に少し考えて、
「いいわ、私のおうちにしましょ」
 と言った。

 ローザの家は、泥棒と遭遇した商店街を挟んで向こう側だった。つまり商店街を中心にして、僕のアパートと線対称にある場所だった。線でも点でも、変わらないか。
 予期せぬ展開に僕は少し緊張していた。ローザの私的な空間をのぞいてしまうには少し早すぎる気がしたからだ。じゃあいつならいいんだって言われると答えられない。そもそも、そういう風に意識している僕のほうがおかしいんだと思う。僕はどうかしている。ローザと出会ってからの僕は、ふわふわしている。
それを自分でもわかっているのに、どうにもできないんだ。
 もどかしい。
 あるいは、恥ずかしい?
「サイモン、大丈夫?」
「え! あ、ああ……どうしたの、ローザ」
 ローザが帽子のつばの奥から、こちらを見ている。見ているのがわかる。
「そんなに痛い?」
「痛くないよ。ローザが手当てをしてくれているし」
「本当?」
「本当」
「サイモンのお友達は嘘つきなんだもん、サイモンも嘘をついているかもしれないわ」
「またその話?」
 僕が困ったように言うとローザが笑う。
 ローザの家は高級そうなアパートの一室だった。なんとなく一戸建てを想像していた僕には少し意外だったけど、内装はやっぱり整っている。オフホワイトとでも言うのか、少しまろやかな白を基調にして家具が揃えられていた。キッチンやテーブル、食器棚、全てが清潔さを醸し出している。この部屋には埃がない。こうも全てが白いと、まるで白鳥の羽に包まれているような気分になる。その中で、ローザだけが真っ黒だ。
 僕はというと、白い革張りのソファに座らされていた。腕にはローザが巻いてくれた包帯がある。少し、くすぐったい。誰かに傷の手当をされるなんて、子供の頃以来だ。
「コーヒーが切れちゃって、今はお酒しかないの」
 ローザはキャビネットからウイスキーを取り出すと、グラスに氷を入れて中身を注いだ。僕に渡そうとしてくれたけど、断った。僕はお酒があまり得意じゃないし、そんな高級そうなものを口にするわけにはいかなかった。返せるものがなにもない。
「高価なものかもって思ったでしょ? そんなことないんだから。マーケットで一番安かったのよ?」
 マーケットって、僕の想像もつかないような高級なマーケットなんじゃないだろうか。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
「もう」
 ローザは口を尖らせてウイスキーをテーブルに置いた。テーブルの脚は四本。それだけで高級に感じてしまう僕だ。僕の家にテーブルはない。棚の中の一段に向かって食事をしたり、字を書いたりしている。
 僕の隣に、ローザが座った。ローザの体重分だけ少しソファが沈んで、僕の体もそっちへ傾く。
「サイモンって体が丈夫なのね。骨が折れていなくてよかった」
「大げさだなぁ」
「とっても心配だったのよ?」
 ローザは膝の上で器用に頬杖をつく。
 ふと、ローザの頭に目が行った。
「帽子、とらないの?」
 ここに入ってからも、彼女はずっと帽子をかぶったままだった。外で素肌を見せたがらないってことはここ二日で何となく分かっているけど、家の中でまでそんなことするだろうか?
「お気に入りだから、ずっとかぶっていたいの」
 ごまかしたつもりなのか、ローザはそれきり何も言わなかった。まずいことを聞いたなと僕は後悔した。
 部屋はとても静かで、外の音が窓越しに聞こえるぐらいだった。僕の住んでいる側と違って、こっちは車の音もバイクの音もない。かわりに、小鳥のさえずりや猫の鳴き声が聞こえていた。外の温かな気配とは逆に、部屋の中は冷えていくようだった。
 時計の針が午後四時をさした。
「そろそろ帰るよ。手当てしてくれてありがとう」
作品名:ローザリアン 作家名:ミツバ