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ローザリアン

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僕はローザをベッドに座らせて、部屋の掃除をはじめた。みっともないけどしょうがない。下着は一番先に拾ってクローゼットに投げ入れた。
 ベッドに座ったローザはコップの水を飲んでいる。あわただしくうろつく僕としとやかなローザ。昼の静けさと遠くの喧騒が一緒くたになって窓から入ってきていた。
「ところで、どうして当然ここに来たの?」
「お礼を言いにきたの」
「お礼?」
 片付けの手を止めて僕はローザに尋ねる。
「そう。昨日の。相手をしてくれてありがとう、サイモン。私本当はさみしかったの。いつもよりパパの帰りが遅いから、心配な気持ちでいっぱいだった。サイモンがいてくれたから、少し気がまぎれたの」
「えっと……どういたしまして?」
「大事なことよ」
「それはわかるけど」
 たったそれだけを言いに来るために、わざわざここまで来たなんて。僕なら絶対にやらないだろう。子供って、心がとても純粋なんだなと感動してしまう。
 ローザはぐっと水を飲み干した。
「おかわりいる?」
「いらない」
 言いたいことを言い終えたローザは黙ったまま。突然のことで何を話していいか分からない僕も黙ったまま。
 再び沈黙という魔物が部屋に居座り始めた。やっぱり僕は子供が苦手だ。何を話せばいいのか全く分からない。今日の天気? 晴れだよ。それで終わり。最近どう? これも、ないよなあ。そんなこと子供に聞いてどうするんだ? というより、根本的なところが違う気がする。子供ってもっと規模の小さいことを話すんじゃなかったかな。規模の小さい話、規模の小さい話、規模の小さい話。
「昨日、あの後はどうしてたの?」
 ふっと頭に浮かんだ言葉を、すがるような気持ちで口に出していた。
「眠ったわ」
「えっと、よく眠れた?」
「うん」
 二回のやり取りで会話が終了した。どうしてだろう、昨日は色々喋ることができたのに今日はうまく話せない。昨日の僕はどこに行ったんだ。寝ぼけていたからあんなに喋られたのだろうか。
「買い物でもいく?」
「うん!」
 苦し紛れの提案に乗ってくれて、僕の詰まりそうだった息はようやく体内から出て行った。

 貧乏人の僕にとってマーケットやショッピングモールは全くの別世界だ。パン屋から漏れる甘い匂い、ウインドウに飾られた高そうな服、少し怪しい雑貨屋、色鮮やかな青果マーケット。見るのは随分久しぶりだ。普段はこういうところはあまり歩かない。見ると欲しくなってしまうし、買えないことにストレスを感じるからだ。できるだけ貯金をしようと心がけている僕だけど、ついつい余計なものを買ってしまいそうになる。
そんな僕のとなりでローザは上機嫌に歩いていた。
「こういう所に来るのは久しぶりだわ」
 ローザと歩いていると、いつもより周りからの視線を感じる。ローザの服装のせいだろうか。装い自体におかしなところはないけれど、ガーゼを貼った顔や手袋はやっぱり目立つ。素肌を見せないファッションも、少しだけ異常に感じるのかもしれない。
 僕はその視線が、何となく嫌だった。汚いものや恐ろしいものを排除しようとしている目に見えるからだ。僕はそういう差別的な考え方が好きじゃない。口でどれだけ綺麗な言葉を並べていても、本心が態度に出ていたんじゃ意味がないじゃないか。
 僕はそっとローザの手をとった。
「どうしたのサイモン」
「はぐれちゃいけないと思って」
「サイモンってお子様なのね」
 本当はローザのためだったんだけれど、それは黙っておこう。上機嫌な彼女の心を邪魔したくはなかった。
「お父さんと買い物したりしないの?」
無言で歩くのもおかしく感じて、僕は話を振る。外に出ていれば少しは話題の種も転がっているから助かった。
「たまにするけど、最近はパパのお仕事が近かったから行ってなかったの。人とお買い物をするのは今日で一ヶ月ぶり」
「そうなんだ」
「サイモン、なんだかとってもいい香りがする」
 ローザがあちこちを見ながら言う。昨日よりそぶりに子供らしさが出てきていた。あれは緊張していたのだろうか。余所行きの態度だったとしたら、今この状況は多少信頼してくれているってことなんだろう。僕の家まで来るぐらいだし。
 正直に言うと、嬉しい、と感じる。
「お花屋さんだわ」
 道に面していた花屋に向かってローザが駆け出す。ワンピースのふちが波のように揺れる。僕はローザに手をひかれ、あとを追った。
「かわいい!」
 ローザが指差したのは小ぶりの花弁を纏ったものだった。僕は名前すら知らないような花だったけど、ローザはいたく気に入ったらしい。
 一本ぐらいなら、僕にも余裕がある。
「買ってあげる」
「ほんと? いいの?」
「いいよ。プレゼントだ」
 店員にわずかばかりの金額を渡して、一本だけ花を受け取った。細くしなやかな茎は女性らしさを感じさせる。ローザの指が触れた。
 そのとき、遠くのほうから声が聞こえた。周りがざわつきはじめたせいで、自然と僕たちも辺りを見回す。混雑の中から一人の男が飛び出した。続いて、誰かの叫び声。男は手にしたかばんを抱え込むようにして走ってきた。ボロボロの上着に破れそうなズボン。僕と同じように、彼にもお金がないようだった。強盗か。なじみのない展開に反応が少し遅れた。
 男がローザにぶつかったのだ。
「ローザ!」
 打ち付けられるように倒れる二人。僕はローザに駆け寄る。血は出ていない。痛みを感じるのか、足に手を当てながらローザは起き上がる。
 怒りがこみ上げた。子供に傷をつけるなんて許されることじゃない。
「……サイモン、お金だわ」
「え?」
 この場に全く関係のない単語が飛び出てきて、僕は一瞬思考が止まった。
 確かに、紙幣が辺りに散らばっている。ぶつかった時に落とした鞄から飛び出したんだろう。男は慌てて拾い集め、走り出した。
 僕の体は既に動いていた。体ごとぶつかるように男へ飛びかかる。避けようとした男が足をもつれさせ、僕とぶつかった。そのまま二人で地面に倒れる。コンクリートで手をすりむいた。痛みに力が弱まったせいでふりほどかれる。再び立ち上がろうとした男の足を掴んだ。男が倒れた。顔を打ったようで、うめき声が漏れる。今のは痛かっただろうな、と僕は同情してしまった。
「そのまま捕まえておけ!」
 誰かの声がした。僕はうつぶせていた男の上にまたがり、鞄を掴んだ。男は胸の中に強く抱きこもうとする。せめてもの抵抗のつもりだったのか、逃げ出すそぶりは見せなかった。その姿がとても惨めに思えて、僕はやり場のない怒りを両手に込めるしかなかった。
 やがて複数の足音が近づいてくると、ようやく観念したのか男が体をゆるめた。
僕も釣られるように力が抜けて行く。
 それがまずかった。男は僕の体を突き飛ばした。僕はそのままの勢いでコンクリートに右腕を打ち付けてしまった。
「サイモン!」
 ローザの声。
 立ち上がって駆け出す男。
 追おうとして体を起こすと、右腕に痛みが走った。左腕を使って起き上がる。
 後から来た何人かが、僕の側を通り抜けて男に追いついた。あっけなく男は取り押さえられる。
「サイモン! 大丈夫?」
作品名:ローザリアン 作家名:ミツバ