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ローザリアン

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「いつでもかまわんよ。何なら明日にでも来てはどうかね。早い方がローザも喜ぶ」
「明日! すてきだわ、明日にしましょうよ! ね、サイモン!」
「あ、ああ」
 こうして半ばローザたちに押し切られるような形のまま、僕の予定は決められてしまった。
 気が重い。ローザにまた会えるのは嬉しいけれど、コリンさんも一緒だなんて。
けれど……
「とっても楽しみだわ」
 こうしてローザの笑顔を見ると、何だか全てがどうでもよくなってしまうのだった。

 カフェを出た後、僕はすぐに二人と別れた。まだしばらく買い物をするらしい。正直に言うと助かった。これで買い物にまで誘われてしまったんじゃ、僕の心臓は絶対にもたない。
僕はコリンさんから逃げるようにアパートへ舞い戻った。
 部屋に入るなりベッドへ倒れこみ、深く息を吸って吐く。疲れが大波のように押し寄せ、僕のまぶたを閉じようとしてくる。本当に疲れてしまった。僕はこんなにも気の弱い人間だったろうか?
過去を振り返ろうとするも、眠気までやってきて僕はいよいよあらがうことができなくなった。ゆっくりと目を閉じる。
心地よい浮遊感が僕を包んだ。




◇ 穏やかな金曜日

 翌日、僕はしつこく続くノックの音で目が覚めた。いい気分の時に限って狙いすましたように邪魔が入るのはどうしてなんだろう。長い人生でいくつも浮かぶ疑問の中でも、これはかなり重要な場所にあるんじゃないだろうか。とにかくドアまで歩きたくない。早くどこかへ去って欲しかった。無理矢理に起こされたせいでイライラしたし、まだまだ眠り足りない。
放置を決め込んだけれど、ノックの音は僕を執拗に追い立てた。
「わかった、わかったから……」
根負けして僕はベッドから降りた。
ドアを開く。
そこにはローザが立っていた。
「おはよう、サイモン! とってもお寝坊さんね!」
 白のコートからのぞくスカートは薄茶色。赤いエナメルの靴に同じく赤いマフラーを巻いていた。全身を黒で包んでいた数日前のローザは、まるで幻のようにどこかへ消えてしまっていた。今のローザはとても元気だ。口ではああして強がっていても、親の存在は大きいんだ。
 そういえば偽物の両親とやらは、どうなったんだろう?
「いや、それより今は朝だよ」
「これでも我慢したのよ、私。朝に目が覚めてから、九時間は我慢したわ」
「え、九時間?」
 仮にローザが朝七時に起きたとして、そこから九時間。僕は部屋に戻ってカーテンを開いた。まぶしくさわやかな朝日ではなく、ゆったりと包み込むようなオレンジの光を浴びる。
 夕方になっていた。
「サイモン、ずっと眠っていたの?」
「ああ、うん……」
「とっても疲れていたのね。きっとパパに会って緊張したんだわ」
 確かに昨日、ローザとコリンさんに別れを告げてすぐに帰宅した。眠くて眠くて仕方なかった。アパートの部屋に戻ってドアを開けて、仮眠のつもりでベッドに寝転んで……そこから後の記憶が一切ない。
 本当に、ずっと寝ていたようだ。
「こんなこと初めてだ」
 まさかここまで疲れていたとは自分でも予想外だ。ちょっと緊張しただけでこんなことになるなんて。
自分の未熟さが情けない。
「いいじゃない、新しいことを体験するってとても幸せなことだわ」
「内容がイマイチだけどね」
「何でも一緒よ、生きていれば」
 励ましてくれるローザに、また一段と情けなくなった。
「ねぇ、どこかにお出かけしない? この間はお買い物に行ったから、今日はお散歩がいいな」
「散歩か。いいね、久しぶりだ」
「じゃあさっそく着替えなくちゃ!」
「え、十分かわいいと思うけど」
「もう! 私じゃなくってサイモンよ!」
 言われてようやく、僕は自分の服装が昨日のもので、皺まみれになっていることに気がついた。
 さすがにこのままじゃみっともない。僕一人で出歩くならまだしも、ローザと一緒なのだからそれなりに清潔感のある格好をしなければ。
 外に立たせっぱなしも悪い気がして、僕はローザを部屋の中に入れた。
「サイモンの部屋っていつもちらかっているのね」
「ついつい、ね」
 笑って誤魔化そうとしたけれど、そんなことで誤魔化せることじゃないことはわかっている。とにかくさっさと着替えて、こんな部屋は出てしまうことに越したことはない。僕はクローゼットから数少ない衣服を数着取り出した。
「ねぇサイモン」
「ん?」
「これってサイモンが書いたお話なの?」
 嫌な予感と共に振り返ると、ローザが一冊のノートを開いていた。なんてことだ。よりによってローザに見られるなんて重いもしなかった。いや、そのへんに放り出していた僕が悪い。僕はローザからノートを返してもらおうとして、けれどローザがあまりに熱心に読んでいるものだからタイミングがつかめずに目の前で慌てふためくしかできなかった。
「なんだか私と似てる」
 ローザの声が少し嬉しそうだったのがせめてもの救いだったけれど、僕はもう今すぐにノートを引き裂きたかった。僕の汚い部分が一気に露呈していく気がする。ローザの繊細でやわらかな指先がページをめくるたびに僕の神経が一本ずつ焼き切られていくようだった。
 満足したらしいローザがノートを閉じた。すぐさま僕はノートを棚の上に避難させた。ローザがとても届かないような場所だ。ああでも、こんなの今更だ。
「サイモンは小説家なの?」
「あー、えーっと」
 とっさに「そうだ」と言いそうになった自分の口をなんとか押し留めて、僕はローザに笑った。
「ライターだよ。小説家じゃない。まともな話なんてひとつも書けないさ」
 なぜだろう、ローザになら素直に話すことができた。それもやはりローザの持つ雰囲気や人格のおかげかもしれない。彼女の目を見て話すとき、僕は全てをありのままに話さなければならないように感じた。それはローザ自身が、そういう人間なんだからだろう。
「それでもすごいわ!」
 ローザは純真だ。
「ねえサイモン、私にもなにか小説を書いて」
「え?」
「サイモンが書いたお話をもっと読みたいの」
 その言葉は僕を少しだけ舞い上がらせた。誰かから書くことを要求されることがこんなに嬉しく思うのは久しぶりな気がする。
「じゃあ、どんな話がいい?」
 シャツに腕を通しながら僕は尋ねる。再び背を向けて話している僕からローザの顔は見えない。どんな風に目を輝かせているのだろうと考えるだけで、ノートに書き溜めた物語がするすると進み始めるようだった。
「絵本に出てくるみたいなお姫様と、王子様のお話がいいわ」
 思いの外、幼げな選択に僕が笑うと、笑わないでよとローザが怒ってみせた。本当に純真だ。彼女を形容するのにそれが一番相応しい言葉だった。
「さて、それじゃあ行こうか」
 着替えを終えた僕はローザをつれて外へ出た。

 夕方の風は肌寒かった。ぺらぺらのコートを羽織って、僕はローザと公園の道を散歩している。何だか信じられなかった。親が帰ってくればもう会うことなんてないと思っていたのに、今こうして僕たちは並んで歩いている。しかもローザの方から訪ねてくるなんて。
 浮き足立っている心を押さえつけるのが大変だった。
「明日、本当に楽しみだわ」
「そんなに?」
作品名:ローザリアン 作家名:ミツバ