氷解き
午後になると雪がちらつき出してね、今とは違って北の林には背の高い木ばかりが茂っていたから、昼間だというのに薄暗く、しんと静まりかえっていた。地面に積もった雪の上には、鹿や兎、ちいさな小動物の足跡がいくつもついていた。その中に息子の足跡がてんてんと、林の奥へと続いていた。
母と姉は終止両手を合わせては、息子の無事を祈願していた。
絹は一言も口をきかず、眉根を寄せて厳しい表情を作っていた。普段見せる柔和な顔つきとはずいぶん違ってね、琥珀の瞳の奥の方が、ほんのりと朱色に染まっていた。
息子は占い通り、ブナの木の根元に体を丸めて座っていた。
着物一枚で飛び出したものだから、足の指が真っ赤になって、ひどい凍傷を起こしていた。その後何本か指を落とすことになったが、もうだめかもしらん、と思っていたものだから、命があっただけよかったと思わなくては。
母と姉は大泣きをして、まだ夢うつつにある息子を抱きかかえて、元来た道を帰って行った。
絹はブナの木の根元を回り、息子が座り込んでいた場所から半周して、硯を見つけた。
脇には白銀の狐が座っていた。
尾が二本に分かれ、朱色の瞳で絹を見つめた。
しばらく静かに見つめ合って、狐が口を開こうとした、その時に、ケーンという高い鳴き声が林の奥から響いた。
白銀の狐は顔を上げ、ちらりとこちらを見てから後、声のする方へと消えて行った。