氷解き
ごらん、草太。これがその時拾った硯だよ。
斜向かいの家にはもう誰も住んでいないが、時折あの時の息子が空き家の様子を見に帰って来るよ。ここへも魚の塩漬けを持って来てくれる。絹の遺影に手を合わせ、線香を立てて帰ってゆく。
おや、また雪が降り始めたね。これは積もるかもしれない。ひどくならない内に家へ帰るかい。
それならこれを持って行きなさい。赤い南天の実を持っていると、狐が悪さをして来ない。
そう言って祖父は僕に南天の実を持たせ、家へと送り出してくれた。外に出ると、あんまり寒くて身震いがした。
ちらちらと大粒の雪が舞っては落ちる。
しかしそれも、祖父の家が建つこの山間部を抜けると収まるのである。
山を越えた僕の住む向こう側の街では、じりじりと熱い夏の日射しが、アスファルトを焦がしている。
て帰ってゆく。