トロイメライ
「これ、使って」
「えっ!?」
「そのままだと風邪ひくよ」千鶴は少しトーンを落とした声でそう言った。
「さ、さんきゅ・・・」彗太は驚きのあまり、キャラクターものの小さなタオルハンカチを受け取ったあと、しばらくそのまま固まってしまった。
そうこうしているうちに、外では雨があがりそうになってきた。千鶴は少し困った顔で、彗太、というより彼が手に持っているハンカチを見た。
「それ・・・」
「あ、悪い、今度ちゃんと洗って返すから!」
「いいよ、気にしないで。できれば今返してくれる?」彼女は彗太に手を伸ばした。そう言われて返さないわけにはいかないので、彗太もハンカチを持った手を伸ばした。
「・・・怒ってるのか?」
「え?」
「あの、夏祭りのこと。その、なんていうか・・・」
約束を破ったことは悪いと思っているが、あの日は彗太にも事情があったのだ。だが、そのあと口から出てきたのは「ごめん」という台詞だった。
「別に・・・私は怒ってないけど」千鶴はなぜか少し微笑んだ。
「だったらなんで俺のこと避けるんだよ」
そう言うや、彗太はあまりのみっともなさに恥ずかしくなって、今の自分の言葉を後悔した。だが、一度口に出してしまったものはどうしようもない。彼は千鶴の眼をまっすぐに見て尋ねた。「本当に、何で?」
「それは・・・」
千鶴は言葉に詰まった。すると、さっきまで一面灰色に曇っていた空が突然晴れて、雲の間から青空と太陽の光が覗いた。ふたりも店のガラス戸の外に目をやった。
「君、今時間ある?」彼女は彗太に尋ねた。「ちょっと、話があるんだ」