水底
「マキノさんマキノさん。」
ヒロタさんに呼ばれて振り返る。
「マキノさんほらここんとこなんか付いてるよ。」
見ると右腕の肘に青緑色の鱗が付いていた。部屋の隅を漂う魚のものだ。
「マキノさん市場にでも行ったのかね。こんなおおきな鱗、さぞでかい魚だろう。」
「ええ、まあ・・・」
「きれいな色をしてるねえ、青緑色の・・・おおきな鱗を見ると、うちに居た魚を思い出すよ。」
「飼ってらしたんですか。魚。」
「そうだなあ・・・死んだうちのについてきたんだなあ・・・」
「奥さんに?」
「そうそう。魚がつきやすい女だったんだなあ。十五の頃からつきはじめたらしい。
鯉をぐんとおおきくしたような魚だったね。赤い色をしていてね。鱗もでかい。
背中に苔が生えていて、部屋のあちこちに金粉やら鱗やらを撒くんだね。それがまた美しいんだが、迷惑したね。黒い背広なんかはすぐ箪笥に仕舞わないと、あっという間にきんきらになってしまう。
うちのが死んで、すぐに消えたね。雨にまぎれて出て行ったんだろうね。」
ヒロタさんと私はしばらく収穫用の籠に腰を掛け、ぼんやりと座っていた。
ヒロタさんの吐き出す煙草の煙が空中をうねっては序々に薄まり、かすかな風に乗って消えて行った。
夕日は、ざくろの実を一層赤く染めながら、西の彼方へ沈もうとしていた。