水底
「あなた何ですか。」
気付くと口をきいていた。
声をかけるとこの部屋の中での人魚の存在が一層はっきりしたものになってしまった。
「何って、いつも一緒にいたじゃない。しな子ちゃんが小さい頃からずっと。
わたし、ずっと呼んでたのに、しな子ちゃんはいつまで経っても知らんぷり。髪をひいても服を引いてもぜんぜん見向きもしないんだから。
おおきな沼で溺れた時なんか、わたしが引っ張って丘まで揚がったっていうのに。」
たしかに幼い頃、沼で溺れた経験があった。
夏休みに入ったばかりの頃だった。
一人で遊ぶことの多かった私は祖母に近付くことを禁じられていた実家の裏にある沼のへりに近付き、ふとした瞬間にはもう肩まで沈んでしまっていた。なまぬるく、粘度の高い水であったと記憶している。
「わたしが呼んで、やっと来てくれたと思ったら沼なんかに落ちてしまうんだもの。驚いちゃったわ。」