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少女に恋した桜の木

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「おーい、ゴミ子。こっちこっち」
「よ、読子だよう」
 学生食堂で読子という名の中学生が呼ばれる。
 グループのリーダーは志乃という女だった。
「あ、ごめん。ゴミ子の席だけ取って無かったわ」
「え?」
「ごめーん。立って食べて?」
「あ……あっちの席空いてるから、あっちに行くよ」
「は?うちらと食べるんが嫌やっていうん?」
「そ、そうじゃないけど……」
「じゃあここで食べぇよ。立って食べればええやん」
「う、うん……」
 皆がチラチラと見ている中で、読子は立って食べた。

 読子は小説を書くのが好きで、グループも『ケータイ小説同好会』のメンバーがそのまま日常グループとなっていた。
 読子は内気である上に、生まれが関東で標準語だった為、グループから少し浮いた存在であった。
「なぁ、このフレーズやばくない?」
 志乃が仲間の菜穂子と絵美に、携帯電話で打った文章を見せていた。
「どれどれ……君の瞳に映るボクは何色ですか……って!うぜぇし臭ぇ(笑)」
「とか言ってパクんなよお前ら!」
 志乃達がふざけ合う。
 読子は会話に加わる事ができず、黙々と文章を考えていた。
「なぁ、今度のケータイ小説大賞、応募するやろ?」
「当たり前やん!これに応募せんかったらうちら、放課後携帯いじってるだけの暇人やん(笑)」
「志乃なら大賞取れるんちゃうん?」
「どうやろ。ええ作品作っても時代のニーズに合わへんとなぁ」
 
 読子は家の庭、桜の木の傍にある塀に登るのが好きだった。
 今日も塀に登りながら文章を考えていると、志乃が通りがかった。
「お、ここゴミ子の家やったん。知らんかったわ」
「あ、志乃ちゃん……」
 読子は気まずそうな顔をした。
「この桜っていつからあるん?」
「分からないけど、私が引っ越してくるずっと前から。もう200年以上もあるって……」
「ふーん、ご立派ですこと。じゃあね」
「うん、じゃあね」
 読子は肩を撫で下ろした。木の枝でも折られるのでは無いかと心配だったのだ。
 志乃は機嫌を悪くした。志乃の家にも桜の木はあったが、そんなに歴史のある木では無いと聞いていたからだ。
「ちっ、ゴミ子に負けた気分やわ」
 
 それから半年後、小説同好会での事。
「今日ケータイ小説大賞の発表やん!『ケータイ小説ファン』買うやろ?」
「当たり前やん!」
「そういえばゴミ子は応募したん?」
「うん、一応……」
「ふーん、大賞だったらいいね」
「何その棒読み!うぜぇ(笑)」
 ひとしきり話した後、読子を置いて志乃達は帰った。
 
 帰り道で志乃達は『ケータイ小説ファン』を買って皆で見る事にした。
「どれどれ?うちの『ボクの瞳は100万ボルト』は入選してるかな?」
「入選かよ!大賞狙えよ!」
「ねぇ志乃」
「え~、入選はプロの批評付きやで?すごくね?」
「批評されてもどうせ読まねぇだろ(笑)」
「ねぇ志乃」
「何?」
「この大賞の月原読子って……」
「うわ……ほんまや!ゴミ子の事やん!」
「え?」
 志乃は凍りついた。小説同好会で一番格下だと思っていた読子が大賞をもぎとったのだ。
 一同は沈黙した。
「ありえないありえないありえないありえない」
 志乃は機械のように大きく首を振った。菜穂子と絵美が喋り続ける。
「あいつ、うちらを影で笑ってたんちゃうん?」
「絶対そうやわ!普段あんなに喋らへんのおかしいもん!」
 志乃達の感情はしだいに妬みへと変わっていった。
「うち許せへんわ。あいつこれから絶対モテるで。小説家にもなれるやろし」
「うちら置いて男とイチャイチャしよるやろ、絶対」
「うっわ、ありえん(笑)でも学校中に知れたらあるかもなぁ」
「あーあかん。うち、ええ事思いついてもうた」
 志乃がそう言うと、菜穂子と絵美は沈黙した。
 志乃がこのセリフを言う時は必ず、悪い事をする前触れなのだ。
「ええ事って何?」
「いやぁ、流石にうちもこれはどうかと思うけどな。引かんといてな?」
「ええから言うてや」
「あいつの作品……盗作って事にしたらどうやろ。あいつにコピー見せてもろて、似た文章探して盗作にすんねや。そしたら受賞取り消しなるやろ?」
「うっわ、悪っ!」
「でも盗作ってそんな簡単に認められるんか?」
「最近そういう事件多いし、いけると思うで」
「ええ作戦やわ。ホンマに盗作かもしれんしな(笑)」
「よっしゃ!明日ゴミ子に見せてもらお」

 その頃、読子も雑誌を買って大賞に選ばれた事を知った所であった。
「読子、すごいじゃない!」
「うん……ありがと……」
 読子の母は大喜びだった。
 あまり感情を表に出さない娘に、素晴らしい才能があった事を誇らしげに思った。
「読子はやるって思ってたで!今日はお祝いやぁ!」
 電話口での読子の父も、地元人らしく調子の良い喜び方だった。
 読子は報われた気持ちだった。それまでいじめられた事も含めて、全てに感謝したい程であった。読子の大好きな桜の木にもその喜びを伝えた。

 そして次の日。
「読子!大賞おめでとう!」
「あ……ありがとう」
「コピーあるやろ?うちらにも読ませてやぁ」
「……うん、いいよ」
 何も知らない読子はすんなりとコピーを渡してしまった。
「じゃあうちら、用あるから帰るわ」
「うん、じゃあね」

 志乃達は簡単に読子の作品のコピーを手に入れた。
「よっしゃ!これで似たような文章見つけたらミッション達成やで」
「ミッションって大げさやろ(笑)」
 志乃達は各自でネット等を使って酷似した小説を探す努力をした。
 彼女たちの努力は何日も続いた。盗作と判断できるような文章を見つけるのは思ったよりも困難である事に彼女たちは戸惑った。

 だが、その日はやってきた。
 菜穂子が見つけたらしく、電話で志乃にそれを伝えた。
「志乃!ついに見つけたで!」
「ホンマに!?どれくらい似とるん?」
「三行分くらいほとんど同じや。あと話が似とるやつも見つけた。これやったらいけるんちゃうかな」
「よっしゃ!明日ゴミ子に突きつけて絶望さしたろ(笑)」
 だが志乃はその日、奇妙な体験をする事を知らなかった。

 次の日の事。
「昨日ゴミ子の作品読んでたらさぁ。たまたま気づいたんやけど……」
「うん。なに?」
「この作品にそっくりなんだよね」
 菜穂子はそう言ってプリンタで出力した紙を見せた。
「まさかとは思うけど……盗作、ちゃう?」
「え?」
 読子は一瞬不思議そうな顔をして、すぐさま否定した。
「ち、違うよ。盗作なんてしてない!」
「嘘や!この部分とおんなじ言い回しやん!それに話全体はこの小説に似てるし」
「そんなのたまたまだよ!」
「いーや、違うね。これは盗作や。これを小説大賞の出版社に送ったらどうなるやろ」
 その時、志乃が遅れてやってきた。
「あ、志乃!聞いて聞いて!昨日ゴミ子の小説見とったらさぁ」
 菜穂子が演技をしながら志乃に近寄る。
 だが、志乃はいつもと様子が違っていた。
「ごめん。もうこういうのやめよ」
 志乃は紙を奪い取ると、ビリビリに破いた。
「ちょっと!志乃、どういうつもりなん!?」
「気が変わったんや。あともう読子にちょっかいかけるんやめよ。素直に応援したろうや」
作品名:少女に恋した桜の木 作家名:ユリイカ