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コトコリの書庫

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 「さて、現在においても、人間は小高い丘や崖の上、または高層マンションの上階などに好んで住居を構える人たちがいる。そういった見晴らしのよい場所を『よりよい住まい』とする定義は一体どこに存在するのか・・・それは先に述べた原人の居住環境、平原と大きく関係している。
 人間は度重なる進化を経て現在のホモ・サピエンスの形質を取得したが、進化の段階に存在した、原人や猿人、ひいては魚類や鳥類、は虫類の脳というものを未だ携えて生活をしているのである。
脳は、進化によって膨張するのではなく、前段階の脳を押しつぶす形で増幅する。
『脳内麻薬』と呼ばれるような物質は、このようなごく原始的な脳の部分から発生している。
よろしいかな。ここからが今日の議題の最終段階である。」

 物に満ち溢れた薄暗い書庫で、若き日の曾祖母もこうしてプロフェッサー・コトコリの話を聞いていたのだろうか。
私は授業の内容に関して滅多に質問をしない。頷き、紅茶を飲み、お菓子を食べて頷く。母も同じようにして授業を受けていたと言う。
曾祖母は会話を交わしながら授業を聞いていたのだろうか。好奇心の強い女性であったと聞くので、小難しい話の途中にさまざまな質問を投げかけていたのかもしれない。
プロフェッサー・コトコリはどのようにして答えを返したのだろうか。
授業を続けるように、小難しく返したのだろうか。あるいはそれとも、アメジストの両目を細めてやさしく返答をしたのだろうか。

 「つまり、現在の人間の頭の中には、未だ原人の感覚が残っているのである。
『よりよい住まい』がすべて高所である理由は、かつて見晴らしのよい平原を『よりよい住まい』とした原人の脳がそのように判断を下しているためである。
では、『内在的景観』とは一体何か。
 それは我々の頭骨の奥底に残る、ごく原始的な脳が持つ土地の記憶である。
例えば、見渡す限りの砂漠、遥か彼方の地平線、山の上からの見晴らし、沈みゆく夕日、など、原始から我々が眺めて来た景観、見晴らしのよい景色、それらがどの人間の脳にも刻まれているのである。
 普遍的共通認識のひとつであると僕は考える。
 なぜ夕日を見つめていると懐かしいという感覚を覚えるのか。
それは郷愁の象徴であるため、などではない。ご来光を拝む際の心持ち、脳で言語化することのできない感覚は、すべての人間に共通する、まぎれもない進化の名残である。懐かしい、という感覚さえも、人間の痕跡器官なのだ。
さて、カンナさん、質問などは。」
アメジストの両目がこちらに向き直る。急いでティーカップに目を落とした。
作品名:コトコリの書庫 作家名:にょす