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春のお通り

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 橋を渡ると河原に出る。
この河川敷にはさくらの木がずらりと並んで生えている。河原の斜面には菜の花がゆらめき、花の盛りの時分になると、花見の人や小鬼らで賑わう。酒に酔った勢いで河の中へ飛び込む者も多いのだが、案外底が深いので、たいていの者は溺れる。
 この流域をねぐらにしている鴨たちが、夜分になっても騒がしく、いきなり河の中に入って来て、勝手に溺れられては迷惑だと、役所に申し立てをしたところ、市が春になると河へ藁束を撒くようになった。溺れた者は藁束を抱え、自らの力でなんとかするように、とのことらしい。

 どのさくらの木も未だ眠ったままである。しかし、風の中には確かにさくらの香りが混じるのであった。春先独特の風なのだろう。
 
 あたり一面に花を咲かせ、ふわりふわりと綿菓子のように揺れる桜の姿を瞼の裏に描いた。心地よい冷たさを残す風が肌の上を滑る。
群れて咲く百万本の菜の花の、一粒一粒が浮かび上がり、細やかな花粉をあたりに散らす。燕がうぐいす色の空を舞い、新たに生まれた子供らが、餌を求めて声を上げる。

作品名:春のお通り 作家名:にょす