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春のお通り

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 しとしとと歩いていると向こう側から傘立てが歩いて来る。この傘立てとは何度か挨拶を交わしたことがある。
黒いくるくるとした装飾が美しい、細長い傘立てである。
傘立ての挨拶は大変うやうやしく、こちらもぺこぺこと頭を下げるのに忙い。
 今日も10分ほど続く傘立てのうやうやしい挨拶にぺこぺこと頭を下げて対応した。
犬はそのやりとりを始終見届け、ひとつ大きな欠伸をした。

 小雨が雪に変わろうとしている。手袋をつけずに出て来たことを少し後悔する。犬のリードを持つ手が冷たくなってきた。
私と犬を後ろから追い越すものがあった。
 はさみである。
このはさみともよく顔を合わせる。しかし、いつでもちょきちょきとせわしなく刃を開閉させ、急いで通り過ぎて行くので、傘立てのようにうやうやしい挨拶を交わしたことはない。
このはさみは巷でよく見るようなものよりも細身で、銀の刃先がきらりと尖り、実によく切れそうな、さぞ優秀なはさみであろうと思われた。
家のベランダを覆う、伸びっぱなしになっているアイビーの蔦を一度剪定してもらいたいと考えているのだが、なかなか声をかけることができない。
今日もきらりと光る刃を開閉させて、大急ぎで去って行った。

 ちらちらと降っていた雪が止み、徐々に空が晴れてきた。
さくらの香りの混じった風が吹く度に、景色がさっ、と薄桃色に染まるのだった。
 
 さくらの蕾が、木の枝の上でじっと身を固め、その内側で淡い花弁やひょろりとした雄しべ、つるつると白い雌しべを育んでいる様を思い浮かべた。
 
作品名:春のお通り 作家名:にょす