しっぽ物語 4.蛙になった王子
「薬局で貰ってください。特殊なものですから、もし置いていなかったら取り寄せに時間が掛かるかもしれません」
薬局に行くどころか、会計だけでも長丁場になりかねない。平日にも関わらず、ロビーは人だかり、ベンチの空きを探すことから始めなければならなかった。皺くちゃの老婆と、頭へ厳重に包帯を巻きつけた女の間に割り込み、トミー・ヒルフィガーの袋に突っ込んでおいたスター・レジャー紙を広げる。ただでも気が滅入っているのだ。自分の悩みだけで精一杯なのに、くたびれた顔で順番を待つ患者達の顔を眺めるなんて、耐えられない。殆どの人間が、着の身着のままの姿で、虚ろな眼を宙に向けている。一緒の空気を吸っていると思っただけで、風邪のウイルスと共に疲弊感まで肺の奥に押し込まれたような気分になる。うんざりした。
尤も、盾となる新聞にしたところで、碌なニュースは載っていない。こんな田舎で同時多発テロなんか起きるはずもないとは誰もがわかりきっているので、記事も昔定期購読していたロサンゼルス・タイムズに比べ、どこか間延びしているように思えた。興味を惹くものと言えば、全国共通のゴシップ記事と広告だけ。一番下に小さく掲載された新商品の剃刀の能書きを眼で追っていると、不意に爪先に向かって、小さなボールが転がってきた。
新聞に皺をつけながら拾い上げたそれは掌に乗るほどの大きさで、安っぽい金色をしていた。ゴムが生ぬるいのは、今まで誰かが触れていたせいだろう。結構な力を入れて握り締めても、球体はさほど形を変えなかった。
あちらこちらから多重奏のように子供の泣き声が聞こえてくるから、誰かが落としたのだろうと思ってあたりを見回す。こちらに近付いてくる姿は見えなかった。新聞を折りたたみ、本格的に首を伸ばしても、結果は同じ。ディーラー特有の癖で、自然と掌で弄んでいたボールに視線を落とす前に、横から勢いよく腕が伸ばされた。
振り向けば、隣で腰を下ろしていた若い女が、無言で手を差し出している。
「あんたの?」
意外と近い位置にある顔を覗き込んで問うと、女は少し身を引いた。距離があいて、顔の特徴全体を把握することが出来た。確かに今はミイラのような見てくれだが、素材は悪くない。茶色に近いブロンド、右目だけでも十分魅力的な瞳。病院謹製の処置衣を身につけているからこそ分かる胸の膨らみ。
作品名:しっぽ物語 4.蛙になった王子 作家名:セールス・マン