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しっぽ物語 4.蛙になった王子

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 やがて医師は、無言のまま左手をデスクの引き出しへ伸ばし、取り出した白い帯と共に眼を上げた。
「コルセットは?」
「はあ」
 毛だらけの手からだらしなくぶら下がったものを見つめ、Dは首を傾げた。
「コルセットって、あの時代劇によく出てくる」
 確かに、ウエストを一巡と少しするような長さと、腰の全体を補強する幅を持ち合わせるそれは、社会科の教科書に載っていたマリー・アントワネットの衣装とよく似ていた。
 Dの言葉に、医者は初めて表情を崩した。
「腰と背中の筋肉を補強するものです」
 口元に冷笑を湛え、両端についたマジックテープをくっつけてみせる。更に、輪になった布の中心についた二本のベルトのテープを剥がしてはつけるの動作を繰り返して見せてから、不親切な医者はやっとのことで患者と正面から向き合った。
「同じように、この二つも固定します。医療用なので、三重の圧力で支えるようになっているんです」
「医療用ねえ」
 受け取り、真似をしてマジックテープに触れる。これならシャツの下に巻いても、何とか誤魔化せそうだった。
 医者の態度は気に入らなかったが、我慢すべきことだということもまた同時に分かっているので、大人しく頷く。診療代をケチるために教会病院へ来たのは自分の判断だし、昨日フロアマネージャーに――どこのホテルでも、フロアマネージャーなんてものは不愉快な存在なのだ――擦り寄ったら、すげなく却下されて気分を害しただけの結果に終わっていた。
『腰痛なんかで労災が降りるなら』
 黒い、見掛けだけは誠実そうな瞳を顰め、Cは切り捨てた。
『このホテルはとっくに破産してるさ』
 二流どころのホテルに、よくもまあ、これだけ忠誠を誓えるものだとあきれ返る。一度カジノ中の従業員を唆して、ストライキでも起こしてやれば、あの驚いた鳩のような顔をした男も少しは懲りるんじゃなかろうか。
 想像するだけで、十分満足だった。とりあえず、このコルセットがあれば、身体的な不快感だけは緩和される。2日続いた夜勤で仕事をする気にならず、同僚を丸めこんでタイムカードを押させたのは、今月に入ってからもう2度目だった。そろそろ、真面目になる時期が近付いていた。
「それじゃ、これにしますよ」
 コルセットを小脇に抱え持って返ろうとしたら、最後まで無慈悲な声が、涼しくなった後頭部に投げつけられる。