夢一匁
なかば上の空で答えた真咲を不思議そうな顔で見つめた桜だったが、さして気にした様子もなく「そうですねぇ」と舞い散る桜を見ながらのんびり返した。
「病気に罹っても助かる人が増えるのは喜ばしいことですね」
「そう……です、ね……」
気付いたときには顔を背けていた。熱く滲んだものを、見せたくなかったから。
桜の花びらが突如強く吹いた風によって巻き上げられる。はらはらと宙を漂う薄紅色がじんわりと滲んで、その先に桜の心配そうな戸惑った顔がぼやけて見えた。
「真咲さん? ……何か、気に障るようなことを言いましたか?」
首を横に振るのが精一杯だった。泣き顔を見られたくなくて立ち上がる。そのまま後ろを向くと、かろうじて聞こえる声で伝えた。
「──……すみません。帰ります……」
「あ……っ、真咲さん!」
すがるようなその声に、振り返る。桜が舞う樹の下で、まるでその桜の精であるかのように佇んでいる桜が、呼び止めたあとの言葉を探していた。
「さく──」
「……僕は、明日もここにいます。だから……」
静かで、どこまでも純粋な言葉だった。自然と笑みが零れて、溜まっていた雫が一粒零れ落ちる。優しい桜の気持ちが、どろどろになりそうだった心を溶かし、慰撫していくのが分かる。
「……ありがとうございます、桜さん」
明日もきっと、この桜は凛と美しく、その下に佇む人を見守っているだろう。それを信じて、次の日の約束も交わさないまま真咲は去った。