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デッサンは4日目に完成する

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【二日目】

 彼女はとても綺麗だった。
 今まで生きてきた中で見てきたどの女性よりも、その美しさは抜きんでていた。単に僕の好みにぴったりと合致する見た目だというだけなのかもしれないが、それでも奇跡には違いないと、僕は思う。
 これ以上の女性に出会うことは、もうない。
 僕は確信した。だから、あのとき声をかけたんだ。
「……疲れた?」
 デッサンは二日目に突入していた。こんなに綺麗な彼女を平面に再現しようというのだから、一筋縄ではいかないことは承知していた。素人同然な僕の見込みでも、悠にあと二日はかかるだろう。
「いいえ、大丈夫。続けて」気丈にそういう彼女の顔には、やはり拭いきれない疲れが見てとれた。
「いや、やっぱり休憩にしよう」
「どうして? 私はまだ大丈夫よ」
「僕が疲れたんだ」彼女の正面、3メートルほど離れた位置に腰掛けていた椅子から、立ちあがって伸びをする。「2時間描き続けたからね。折角だから、もっと長く君と一緒に居たいし」
「……ばか」
 彼女が照れている姿なんて貴重な気がしたから、それを見られただけで、僕はもう満足だった。

 飲み物でも買ってくるよ、と言い残して美術室を出た。体育館脇に設置されている自動販売機で、彼女リクエストのアイスティーのボタンを押した瞬間、背後からひそひそとした話し声が聞こえてきた。
(……ほら、あいつだよ)
(ああ! あれが例のヤツ?)
(確か、7組だよな)
(俺、一年の時に同じクラスだった)
(マジ? あいつって、一年ときから変だった?)
(ああ、変わんない、あのまんま)
(うわー。そっか、やっぱそうなんだ……)
周りを見回してみると、他にあまり人影はなく、今漏れ聞こえているこの話は、明らかに自分のことなのだと知れた。
心にズキンと、切れ目がはしる。けれど、僕はこの痛みに慣れている。ずっと前からだ、僕が今よりずっとずっと小さかった頃から、こんな陰口は聞き慣れていた。
変だ。おかしい。頭が。頭がおかしい。いかれてる。狂ってる。いっちゃってる。
側頭部に人差し指をやり、くるくると回してみせるあのジェスチャー。
もう、僕は慣れっこなんだ。

「どうしたの?」
 気付くと美術室にいた。ハアハア、と息がきれていた。僕は走ったのだ。あの場から逃げるようにして、ここまで走ってきたのだ。
 彼女がいるから。
 ここには彼女が、いるから。
 僕だけの癒し、彼女だけは僕を傷つけない、哀れな僕を包み込むようにして、受容して、けなすなんてことはせず、受け入れて。
「……泣いてるの?」
 両頬を濡らすこの感覚にも、僕はすっかり慣れきってしまった。