看護師の不思議な体験談 其の七
「…!!」
さすがにOさんも、まずいと思い心臓がバクバクし始めた。見れば棚や床頭台にはほとんど物がなく、整理されている。唯一、履き潰したスリッパだけが隅っこに置いてあった。
直感なのか、何なのか、Oさんにも分からなかったが、咄嗟に病室の窓を開け下を覗き込んだ。病棟は6階にあり、結構な高さだ。
深夜1時頃、辺りは真っ暗闇。
目を凝らしてじっと見ると、病室から真下の正面玄関あたりに、見慣れない物体が転がっているのがかすかに見えた。
手足が震える。
(見間違いでありますように!!)
Oさんは走ってナースステーションへ戻り、スタッフへ報告。
階段を駆け下り、夜間受付の警備員をたたき起こす。
二人で懐中電灯の灯りを頼りに、正面玄関まで行くと…。Oさんの嫌な予感の通り、いやそれ以上の状況だった。
私もそうだが、飛び降り自殺の現場になんて立ち会ったことなどない。ドラマくらいでしか見たことがない。
現実は、ドラマで見るようなきれいなご遺体ではなかった。それからOさんは、自分がどのように行動したかはっきりと覚えてはいないそうだ。患者様の急変ならばテキパキと対応できるOさんが、警備員の言うとおりにしか動けなかった。
警察の到着まで遺体に触れてはいけないと指示があり、ただ、呆然と眺めるだけの時間。今、自分にできることは何もない。ただ、遺体を眺めているだけ。
結局、患者様の本心を知ることはできなかった。いつも前向きに病気と向き合っていると思っていたが、そうではなかった。この患者様は、どの時点で「死」を選んで、自殺に踏み切ったのだろうか。
病室を綺麗に整えて、できる限り迷惑をかけないようにという、患者様の配慮が伺われた。こんなにも気遣いのできる患者様に対し、自分たちは日々何をしてあげれていたのだろうか。
私たちはそれから、毎日のように意見し合った。一番ショックが大きかったOさんは、しばらく病院に来ることができなくなってしまっていた。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の七 作家名:柊 恵二